祖母が語った不思議な話・その肆拾弐(42)「向こう岸」

 私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。

イラスト:チョコ太郎

 祖母が十歳のとき長雨が続き、ある家の十四、五になる娘さんが川に落ちた。
 村中で捜したが見つからず、数日後に下流の村に亡骸(なきがら)が流れ着いた。
 ひとり娘だったこともあり、母親はひどく嘆き悲しんだ。
 全く何も口にせず、何日もただ娘の名前を半紙に書き続けていた。

 困った父親の相談を受けたお寺の住職が、母親をなだめようと話をした。

 「娘さんにひと目会いたいと、それだけを繰り返しておる」
 長い時間説得した住職はそう父親に告げ、二人は遅くまで話し合った。

 「娘さんに会わせてあげよう。ただし、遠くからひと目見るだけじゃが…それでいいな」
 二日後に再度訪ねて来た住職がこう言うと、母親はそれはそれは喜んだ。

 住職は母親を伴い娘が溺れた川に行くと念仏を唱え始めた。
 しばらくすると向こう岸に着物姿の人影が現れた。

 「あの娘だ! 私が縫った着物を着ている!」
 母親は泣きながら手を合わせた。

 「あんたが悲しんでばかりいると娘さんも心配で成仏できんぞ」
 念仏を終えた住職の言葉に合わせたように人影は消えていった。
 母親は微笑んで何度も住職に頭を下げた。
 それに合わせるかのように彼岸花も揺れていた。

……………………………………………………

 「これはね母親を納得させるために父親と住職が仕組んだことだったんだよ。同じくらいの背格好の子に頼んで娘の着物を着せて、向こう岸に立ってもらうという寸法だね」

 昔話を語り終えた祖母はそう種明かしをした。

 「でもお母さんは喜んだから良かったよね」
 「そうだね…実はこの話、不思議なことがあってね」
 「何?」
 「父親が娘役の子の家へ行って感謝を述べると、娘は“えっ?”という顔になったそうだよ。なんでも日にちを1日間違えていて、その日は川には行かなかったんだって」
 「じゃあ…母親と住職が見たのは…」
 
 祖母は無言で微笑んだ。

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