私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
「霧島で大きな鹿に出遭ったよ」
旅行から帰った私は、祖母にお土産のかるかんを渡しながら写真を見せた。
「立派な鹿だね。これを見てひとつお話を思い出したよ」
お土産をほどきながら祖母が語り始めた。
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祖母が5歳の夏、村からそう遠くない所で山津波が起こった。
炭焼き小屋の辺りだったので、ずっと籠っている炭焼きの勘太郎さんも巻き込まれただろうと皆が悲しんでいた。
「あぁひどい目にあった!」
その翌日、全身傷だらけでボロボロになった勘太郎さんが村に現れた。
てっきり死んだものと思っていた皆が驚いていると、何があったかを話しだした。
「いつも通り炭を焼いていたら、外から名前を呼ばれたような気がしたんだ。小屋を出てみたが誰もいない。で、戻るとまた呼ばれる。3回目に出ると5、6間先(10数m)に大きな白い鹿がいて、こっちを見ていたんだ」
差し出された茶をゴクリと飲むと勘太郎郎さんは話を続けた。
「あんまり立派な鹿だったので見とれていると歩き出したから思わず後を追ったよ。鹿は逃げるでもなくゆっくりゆっくり、時々こちらを振り返りながら歩いて行く。なんだか夢でも見ているようなふわふわした心持ちで付いて行ったら突然足を踏み外し、気がついたら崖の下でご覧の通りさ」
「あんた運がいいよ!」
村長の言葉に勘太郎さんはきょとんとしていた。
山津波の事も自分が奇跡的に助かったのだという事も知らなかったのだ。
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「その鹿は山の神だってもっぱらの噂だったね。でもなぜ勘太郎郎さんを助けたのかは誰にも分からないままだったよ」
語り終えた祖母は、かるかんをほおばった。