明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」、多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学二年生の12月、箪笥(たんす)の上に綺麗なリボンがかかった箱があるのに気が付いた。
きっとクリスマスプレゼントだ!…そう思うと開けてみたくてたまらない。
母のミシン用の椅子に乗って、こっそり箱を取ろうとしていると
「こらっ!」と声がした。
心臓が止まるかと思うくらい驚き、椅子から飛び降りると祖母が笑っていた。
「それはお母さんがクリスマスに渡すために隠しているんだから、開けちゃ駄目よ」
「何が入っているのかなぁ…知りたいなぁ」
「我慢我慢! その代わりに私のおじいさんから聞いたお話をしてあげるから」
「は〜い…」
しぶしぶ答えるとニコニコしながら祖母が話し始めた。
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ある年の春の終わり、隣村を訪ねた祖母のおじいさんは村外れに見たこともない真っ黒な箱のような小屋が建っているのに気付いた。
近づいてみると数人でその小屋をばらしている。
即席で造った物なのか窓も戸もなく、四半刻(約30分)もかからずにばらばらになった。
中には蓙(ござ)が敷かれ、痩せた若い男が座っていた。
一人では立てないらしく、両側から抱えられ運ばれて行った。
何がなんだか分からずに見ていると、見知った顔が近づいて来た。
幾度か山の案内を頼み、親しくなったMさんだった。
「驚いたろう? これには訳があってな…ま、わしの家で話そう。旨い酒もあるでな」
そう言うとMさんはすたすた歩き始めたので、おじいさんも後を追った。
家に着くなり冷酒をすすめられ、盃を重ねた。
四、五杯も飲んだ頃、Mさんが話し始めた。
「さっきのやつはTっちゅうて山向こうの住人での。村から村へ荷運びをしとる男じゃ。まあ飛脚みたいなもんかな」
「なんであんな小屋に入っとったんじゃ? えらい痩せとったが」
「最初から話すから、まあ待て」
Mさんは杯をあおった。
「十日くらい前かの。Tが真っ青な顔で山から転がるように走り出て来た。なんでも恐ろしいもんが追いかけて来るから逃げて来たと言うなり喪心してしもうた。仕方がないんでお寺さんに運んだ。そしたら…」
「そしたら?」
「来たんじゃ」
「来た? 何が?」
「おなごが」
「恐ろしいおなごか?」
「そらもう…」
「そらもう?」
「えらい…」
「えらい?」
「べっぴんじゃった。年の頃は二十二、三の」
「なんじゃ! 怖いんじゃなかったんか」
「うむ。歩き巫女ちゅうとった。なんでも山道でTに行き会うたんじゃが様子がおかしい。見えんもんに引っ張られるようにえらい速さで走っていく。それで後を追って来たらしい」
「それでどうした?」
「一緒にその寺に行ったよ。寝かされたTを見るなり巫女は『〝お先〟が憑いちょる。こんままじゃ命がない。ここにも累が及ぶ』ちゅうんじゃ」
ぐびと酒をあおりMさんは続けた。
「それから若い衆を集めさせ、あの小屋を造らせたのよ。出来上がるとTを中に入れ、背負っていた荷の中から箱を取り出し自分も入って行った。小屋の中からは祝詞(のりと)が聞こえた。それが終わると出てきて小屋を真っ黒に塗らせたんじゃ。そして紙でできたヒトガタを壁に貼ってこう言うた」
「なんと?」
「『これが自分から剥がれるまでは何も食わしちゃいかんし中から出してもいかん。落ちたらもう大丈夫。あとはそのヒトガタを燃やせばおしまいじゃ』とこう言うとニコッと笑い、あっけにとられるわしらを残して立ち去ってしもうた」
「不思議なおなごじゃのう…会うてみたかったのう」
「べっぴんと聞いたからか?」
「もちろんそれもあるナ」
二人は顔を見合わせて笑った。
Mさんの家を出るとおじいさんはTさんの運ばれた寺に行ってみた。
Tさんは思ったより元気そうで縁側に座っていた。
何があったのか尋ねると
「運んでほしい荷物があるっちゅう手紙をもろうたんで出かけたんですわ。山ん中の大けえ家でして。声をかけると目も見えとるか分からんくらい年とった老婆が箱を持って出て来らしたんです。『これが荷物か』と尋ねると頷いたので、中を確かめようと蓋を開けた刹那、目の前が真っ暗になって…気が付くとここにいました」
不思議そうにこう答えた。
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「さて、まだ箱を開けたいかい?」
そう尋ねる祖母に、ぶんぶんと大きく顔を横に振ってみせた。
チョコ太郎より
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