新進気鋭の若きシェフ・大野尚斗さんに聞く、地元・福岡で店を構えることに決めた理由とは?

話題の音声SNS「CLUBHOUSE」で、一人のシェフと出会った。その名は大野尚斗さん。世界各国の星付きレストランで修業や研修を重ね、現在は年内に福岡市内での開業をめざし準備中の若者だ。また、多いときで年間100軒以上の飲食店を訪れ、食べ歩きを始めて10数年で国内外800軒を超えるガストロノミーを訪れているフーディーの顔も持つ。2020年にはBSフジで単独ドキュメンタリー「旅する侍キュイジニエ」が放送されるなど、注目を集める大野シェフ。 今回は、ライターの寺脇 あゆ子さんが、これまでの修業や研修のこと、これからのお店のことについてインタビューしました。

出典:フクリパ
目次

美味しい料理をつくるためには、美味しい料理を知っておかなければならない

出典:フクリパ:取材は大野さんお気に入りのデザートバー「日と常」(薬院)でさせていただいた

1989年福岡市生まれ。ご家族曰く、物心つく前から食べることが大好きだった大野さんは、高校卒業後の進路を「料理人」か「漫画家」で迷ったという。 「何かの本を読んだときに、漫画家の方が『漫画家は外出できない』と書いていて。外出できなかったら美味しいものが食べられないじゃん!と思って、料理人になることを決めました」 高校を卒業後、福岡のフランス料理店「旬FUJIWARA」で見習いとして修業をスタート。20歳のときに、料理界のハーバードと呼ばれる「The Culinary Institute of America(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)」(略称CIA)のニューヨーク本校に入学し、学内のカリキュラムのほか、エクスターンシップでは、いくつもの一流レストランで研修を重ねた。

出典:フクリパ:『未在』(京都)を訪れた際に石原料理長と(本人提供)

そんな大野さんが、国内外で食べ歩きをするようになったのもこの頃だったという。 「夏休みで帰国したとき、『Quintessence(カンテサンス)』(東京)と『未在 (みざい)』(京都)へ行きました。凄い世界があるものだと感銘を受け、ニューヨークに戻ってからも週末は食べ歩きをして、興味を持ったお店には『研修をさせて欲しい』とお願いさせていただくようになったんです」 大野さんが食べ歩きをする理由は主に2つある。まずは単純に食べることが好きであること。ディナーをいただきながら、「明日の夜は何を食べようかな」と考えるほど、食べることには目がないという。そして、もう1つは、美味しいものを知らないと美味しいものを作ることができないという考えからだ。 「お客様は、とにかくいろんなお店で食べられています。さまざまなジャンルの美味しいお店を知っていらっしゃいますし、僕がその料理のことを知らなければ、その料理を超えることはできません。さまざまな技術も、できるけどやらないのはかっこいいけど、知らないからできないはかっこ悪い。結果的に、お客様に喜んでいただくための手段でもあるんですよ」

世界でいちばん厳しくきつい環境で学ぶことを決意!

出典:フクリパ:CIA卒業式。大野さんの左はゲストスピーカーとして来られていた三ツ星シェフのダニエル氏(本人提供)

CIA在学中、ミシュラン一つ星店『The NoMad(ザ ノマド)』でエクスターンシップを行なったことがきっかけで、エクスターンシップ後も週末になると『The NoMad(ザ ノマド)』で働いていたという大野さん。就職先を決めるにあたって、シェフたちに「世界でいちばん厳しくてきついお店はどこですか?」と訊くと、口を揃えて「シカゴの「Alinea(アリニア)」(三つ星)だろうね」と答えたそう。 「日本にいる頃から宿題はろくにやったこともないですし、提出期限を守ったことも殆どありません。でも、学校でも塾でも授業に出れば集中して教師の話を聞きしっかりと学んでいました。だから、厳しくきつい環境であれば、必ず成長できると思っていたんです。早速「Alinea(アリニア)」に「研修させて欲しい」とメールしたものの返事がなく、想いを伝えるべく電話をすると、何を言っているかわからなかったけど、「イエス」だけは聞こえたので現地に向いました」。 研修初日。大野さんは衝撃を受ける。いかなる音を立ててはならない、キッチンを歩いてはいけない(常に走っている)、仕事量が異常に多い、雰囲気は最悪――。想像していた以上に厳しくきつい環境だったのだ。 「『Alinea(アリニア)』のキッチンは全員、他人を蹴落として1つでも上に這い上がろうとしています。ただ、雰囲気が悪いのは仕事中だけであって、オフになると一緒に飲んだりもするんですよ。その世界観が妙に気に入って、ここを選んで正解だったと思いましたね」

研修最終日の前夜。それまでは連日、早朝から閉店後まで働き続けていたにもかかわらず、その日、大野さんは20時過ぎに厨房から追い出された。 「何か悪いことしたのかなと不安になっていたら、『楽しんでこい』とディナーをごちそうになったんです。翌日、閉店後の掃除を終えると、総料理長とオーナーから『うちで働かないか』と言っていただき、就職させていただくことが決まりました。研修期間中は大したことはしていません。料理に関してはできることがなかったので、朝、昼、まかないの前、閉店後と、1日4回の掃除を誰よりも全力でやりました。誰でもできることだったら技術は関係ありませんから。頑張れば認めてもらえると思っていました」 その、ひたむきな熱意が伝わったからこそ、大野さんは「Alinea(アリニア)」への就職が認められたのだった。

過酷な環境だけど、追われている状況を楽しんでいた

出典:フクリパ:「Alinea(アリニア)」最終日にスタッフ全員と撮った写真(本人提供)

家庭の事情で一時帰国し、CIA卒業後、正式に「Alinea(アリニア)」に就職。まず驚いたのは、研修時よりもスタッフが減っていたことだった。 「研修のときは20名いたスタッフが就職したときには11人になっていました。それが2週間後には8人になったんです。当初は料理をつくって盛り付ける部門シェフとして入ったのですが、しばらくすると仕込み担当のシェフがいなくなってしまい、翌日から仕込みチームに加われないかと言われたんです。仕込み担当は全ての部門のことが学べます。自らやりたいと志願し、仕込みを担当することになりました」 当初、仕込み担当は4名いたが、しばらくすると大野さん1人になってしまったという。 「最後の1人が来なくなったとき、シェフに「あいつが来ないけど、どうしたらいい?」と電話すると、「お前がやらなくて誰がやるの?」って言われて。やるしかない!と覚悟を決めました」

1人でし始めた頃は朝5時から深夜3時まで、まかないを食べる時間もないほど忙しくて。営業中もその日使うものを仕込んだりもしていましたね。並行して翌日の仕込みもあって。追われている感じも楽しんでいましたし、慣れると早く終わり、新しい料理のための仕込みを教えてもらえるようにもなりました」 その仕事ぶりが認められ、大野さんは再び部門シェフに。ビザが切れるまでの1年、そして引き継ぎに手間取りもう半年を「Alinea(アリニア)」で過ごし、自身を追い込み続けた。

包丁1本持って、ヨーロッパへバックパッカーの旅に出る

出典:フクリパ:イタリア・ピエモンテの名産品である世界最高峰のヘーゼルナッツ工房を訪ねた(本人提供)

帰国後、国内のいくつかの店で研修をした後、包丁1本持ってヨーロッパへの旅に出る。ポルトガルからスタートし、北はデンマーク、南はナポリまで電車とヒッチハイクで移動し、ミシュラン三つ星の「Regis et Jacques Marcon(レジス エ ジャック マルコン)」(フランス)や「De Librije(ドゥ リブライヤ)」(オランダ)などでの研修も経験した。 「両親もバックパッカーでしたし、高校時代には青春18きっぷで一人旅をしたりもしていました。旅は身近なものでしたね」 訪れた国は33カ国。昨年はそんな大野さんを密着したドキュメント「旅する侍キュイジニエ 」(BSフジ)がオンエアーされるなど、話題を呼んだ。 「これまで訪れた店の中には主要都市からそこにたどり着くまでにかなりの時間と手間を要するところもありました。たとえば、ニューヨークのマンハッタンから2時間30分ほどかけて行く『Blue Hill at Stone Barns(ブルーヒル・アット・ストーン バーンズ)』というお店が大好きなのですが、ここは広大な農園の中にあるレストランで、決してアクセスがいいとは言えません。でも、摩天楼を出発して徐々に自然豊かな風景になって農園に着く。そして、5時間をかけてディナーを楽しむ――その全てが特別なことで、訪れた人にしか経験できない唯一無二の素晴らしい体験なんですよね」

旅する侍キュイジニエ

超一流の仕事を目の当たりにして、食材の見え方が変わった!

出典:フクリパ:愛媛の伝説の漁師、藤本さんの船に乗り、漁を体験(本人提供)

バックパッカーの旅から戻り、ミシュラン一つ星の「recte(レクテ)」(東京・代官山)でスーシェフとして活躍していた大野さんが新たな気づきを得たのは、右手を負傷し4ヶ月間料理ができなくなってしまったときだった。 「仕事ができず、自暴自棄になりかけていた頃、『recte(レクテ)』が仕入れさせていただいていた愛媛の漁師、藤本純一さんを訪ねました。生まれて初めて体験する超一流の方々の仕事に圧倒され、この日から一つひとつの食材が全く違って見えるようになっていきました。超1級の食材を使いたい、その食材のバックグラウンドやストーリーを知りたい――そう考えるようになり、日本全国の生産者を訪ね歩くようになっていったのです」 当時は全て自費で訪ねていたが、昨年ごろから行政などを通じて食材の産地から招かれるケースも増えてきたという。 「行ったことのない場所に行けて食材と出会える、こんな楽しいことはありません」 その後、会員制のレストラン「sanmi(サンミ)」(東京・赤坂)でエグゼクティブシェフとして活躍し、退職後は再び海外の一流レストランで研修を積んだ。 「2019年の秋は閉店が決まっていたスウェーデンの「Fäviken(ファヴィケン)」(ミシュラン二つ星)へ行きました。どうしても食べておきたくて予約を取ろうとしましたがすでに満席。働けば食べられるのでは?と研修させていただくことにしたんです。「Fäviken(ファヴィケン)」は「世界のベストレストラン50」に選ばれており、審査員や世界各国のフーディーも食べに来られます。世界の一流レストランで研修をするのは、そういった人脈をつくるためでもあるんです。縁さえあれば、運命的に出会うはずですし、誰かに紹介してもらうというのは嫌なんですよね」

「Fäviken(ファヴィケン)」での研修の後、2020年5月までは2015年版「世界のベストレストラン50」で4位を獲得したペルーの「Central(セントラル)」で研修し帰国。国内外でひたすらインプットし続けてきた大野さんだが、ついに自身の店を構えることを決めたのだ。その場所は、生まれ育った福岡だった。 「当初は東京での開業も考えましたが、福岡市内で開業することに決めました。理由はいくつかあって、1つは東京は災害が多いこと。また、これからも旅をし続けたいと考えたとき、東京で従業員を抱えてやるにはコースの価格が高くなってしまうことを懸念しました。近年は地方のレストランもレベルが上がってきていますし、東京でやろうとしていたコンセプトはそのままで、福岡から世界を目指せばいいと考えるようになりました」

世界のベストレストラン50やミシュランに選ばれるレストランに!

出典:フクリパ:2020年1月、ホテル日航福岡『レ・セレブリテ』でフェアを開催した際に供されたグランデセール。大好きな画家、ジャクソン・ポロックをイメージしたチョコレートボール。お客様がスプーンで割り、中に忍ばせているデザートと合わせていただく(本人提供)

「料理人の仕事は料理をつくるだけでなく、これまで出会ってきた生産者さんや食材への感謝や想いを伝えていくのも大事な役目だと思っています。これまでインプットしてきた全ての技術や経験を駆使しつつ、何を食べているかがちゃんとわかるシンプルな料理であり、日々感じるインスピレーションをヒントにクリエイティブな料理を追求していきたいと考えています。ヒントは日常にも転がっていて、それは音楽や映画だったりもしますし、街を歩いていても、漫画を読んでいても、無意識のうちに料理に結びつけてしまっているんですよね。

出典:フクリパ:「ビーツのコンフィ、エシャロットのピクルス、燻製クリーム」。大野さんは何を食べているかわかる“シンプル”と、ほかの誰もがやっていない発想を活かす“クリエイティブ”を追求し続けている(本人提供)

僕は、師匠を超えることが恩返しだと考えています。僕が在籍していた当時の「Alinea(アリニア)」は「世界のベストレストラン50 」の6位でしたので、その上を目指しますし、もちろんミシュランの星も獲得したいと思っています。なぜそのような順位や星にこだわるかというと、発言力が欲しいからなんです。無名のシェフが何かを伝えたくても、聞く耳を持ってもらえませんが、僕が星付きレストランのシェフだったら、たくさんの人に話を聞いてもらえます。生産者の皆さんへの感謝の気持ちや、彼らの想いを発信していくためにも、世界のベストレストランやミシュランを狙っていきたいですね」 最後に。国内外を旅し続けてきた大野さんに、地元・福岡の魅力を聞いてみた。 「とにかくコンパクトな街ですし、空港も近いのでどこにでも行きやすいことも魅力です。逆に言えば、どこからも来てもらいやすい街でもありますよね。福岡は自然も身近にあるし、人懐っこい感じも心地いいものです。東京はみんなの歩くスピードが速くてちょっと疲れてしまうんですよね。地元だから暮らしやすいですし、福岡は全てにおいてちょうどいい街だと感じています」 現在は県外での仕事が忙しく、開業準備の時間がなかなか取れていないそうだが、2021年秋ごろまでの開業を予定しているという。これまでの経歴を考えると、東京や海外での独立も現実味を帯びていたであろう実力派のシェフが福岡に! 福岡の宝がまた1つ増えることが楽しみでならない。 文=寺脇 あゆ子

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