私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
「お父さんは杣人(そまびと。きこり)からこんな話も聞いたって言ってたね」
そう言うと祖母は語りだした。
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ある晴れた日、杣人のNさんは家から少し離れた山に仕事に出かけた。
いつもの慣れた山道を歩いていると向こうから真っ白な髭を生やした山伏が下りて来た。
「いい天気ですなあ」
声をかけると山伏は立ち止まりNさんの顔をしげしげと見、いきなり大声で九字を切った。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
さらに真っ黒な丸薬を取り出し飲めと言う。
その勢いにNさんは言われるがまま薬を飲み下した。
訳を聞こうとしたときにはもう山伏の姿は見えなくなっていた。
気を取り直して山道を進んで行ったが、突然刺すような腹痛に襲われた。
「さっきの薬か?」
あまりの痛さに這うようにして、なんとか山小屋にたどり着いた。
山小屋には先客がいた。日に焼けた若い男で炭売りだった。
男はあれこれと話しかけてきたがNさんはそれどころではなく、横になってじっと目をつぶっていた。
うとうとしていると、外から女の声がした。
「もし、どなたかおられませんか? おられませんか?」
「おお、おるぞ!」
炭売りはそう答えると扉を開け、女を招き入れた。
「綺麗な女だな…」とNさんはぼんやり思ったが、そこで意識が遠のいた。
Nさんが目を覚ますとすっかりあたりは暗くなっていた。
小屋には誰もおらず、売り物の炭は置きっぱなし。
とうとうその夜、炭売りは帰ってこなかった。
翌朝、体調が回復したNさんは小屋を出て仕事場の山に向かって出発した。
しばらく山道を歩いていると頭の上でばかにカラスが鳴いている。
何だろうと見上げると大きな杉の木のてっぺん近くに何かがぶら下がっている。
「あの男だ…」
とても普通の人間が昇れない高い枝で炭売りが首を吊っていた。
「山伏に薬を飲まされていなかったら…ぶら下がったのは俺だったかもしんねえな」
Nさんはそう締めくくった。