續・祖母が語った不思議な話:その弐拾伍(25)「祠(ほこら)」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」第2シリーズ。今回はアンケートでご希望いただいた「お稲荷さん」に関するお話です。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 先日、Y市に藤を見に行った。樹齢三百年を越える大藤はそれは見事なものだった。
 ついでにとM市のぼたん園にも足を延ばしたが、残念ながら盛りは過ぎていた。
 その帰りに撮った山中の石仏の写真に不思議な丸い光がいくつも写っていた。
 不思議だが怖くはないその光を見ていて、祖母に聞いた話を思い出した。

実際の写真(撮影:チョコ太郎)

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 祖母が七歳のとき、Nという母娘が隣村から越して来た。
 器量の良い母娘だったが、あまり人付き合いは得意ではないようでなかなか村の人たちと打ち解けなかった。
 時々二人は竹筒を下げ、連れ立って川沿いを歩いていく。
 どこに行くのか興味を持った祖母はある日、後を付いて行った。
 
 半刻(約30分)ばかり歩くと隣村の入口にある崩れかけた小さな祠(ほこら)の前で止まった。
 祠はあちこち欠け、摩耗してよく分からないがおそらく狐であろう動物が刻まれた石が祀られていた。
 母親は懐から包みを出すと石の前にそっと供えた。油揚げだった。
 娘も竹筒に横を流れる川から水を汲むとその側に供えた。

 「お稲荷さん?」側で様子を見ていた祖母は思わず聞いた。
 「そう。お母さんが子どもの頃、この川に落ちたけど祠から伸びた蔓(つた)につかまって助かったんだって。それからずっとお参りしているんだよ」
 「ふうん。でも、だいぶ寂れているね」
 「うん。他にお参りする人もいなくて…取り壊されるって言われてる」
 「寂しいね…」
 三人そろって祠に向かうと頭を下げた。

 それからしばらくしてN母娘の噂を聞いた。
 娘が危ないというのだ。
 田んぼで滑って怪我をした足の傷からばい菌が入り高熱が出て、このままでは…と医者も匙(さじ)を投げたという。

 居ても立ってもおられずN家に向かった祖母は、母親が思い詰めた様子で飛び出して来るのに出くわし後を追った。
 走りに走ってあの祠まで来ると母親は草履を脱いで正座すると、こう唱えた。
 「いただいた私の命をお返しいたします。どうかあの子をお助けください」
 
 長い間手を合わせた後立ち上がり、川に向かって歩き始めた。
 止めなければ!と思った瞬間、母親はその場に崩れ落ちた。

 そのままにしておく訳にも行かず見守っていると、荷馬車がやって来た。
 引いているのはよく知った村人たちだった。

 「おった!おった!」
 「あの子の言うたことは本当じゃった!」
 「不思議じゃが、まずは運ぶぞ」
 母親と祖母を乗せると荷馬車は村に向かって出発した。

 N家に戻ると医者が来ていた。
 驚いたことに娘は起き上がっている。母親も気が付いて二人は抱き合った。

 「見た事がない女の人が戸口に来て『二度も母の命を救うなどごめんじゃ。早う迎えに行け』と言うのを聞いて目が覚め、医者様に話したら村の人たちが行ってくれた」と娘は笑顔を見せた。
 母親も倒れて夢とも現(うつつ)ともつかない中で見知らぬ女から『祠は無(の)うなるが、妾(わらわ)も思い残すことはない。母娘とも達者でな』と言われたと泣きながら笑った。

 その後、新しい道を造るため祠は取り壊されが、稲荷の石はN母娘が家の前に建てた新しい祠に大切に祀った。
 話を聞いた村人たちは通る度にお参りし、いつしかN母娘も皆と親しくなった。
 それからもN家では時たま不思議な事が起きたが、その度に「あそこに住んどるお稲荷さんが遊んどるんじゃな」と皆は嬉しそうに話したそうだ。

チョコ太郎より

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※この記事内容は公開日時点での情報です。

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