住みやすいと定評の福岡市。隠れた理由は〝緑を生かしたまちづくり〟にあった

コンパクトで便利な上、自然の豊かさや食の美味しさなどで国内外から〝住みやすい都市〟として高い評価を得ている福岡市ですが、市内にある保存樹は、政令指定都市の中でも最多です。 今回、保存樹が多い理由を追い掛けながら、福岡市における〝緑を生かしたまちづくり〟について、ライターの近藤益弘さんが取り上げてくださいました。

出典:フクリパ
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緑を生かしたまちづくりに必要な”保存樹”とは?

市街地や鎮守の森など、私たちの身近にある樹木は、歴史を見守ってきた遺産であるとともに、まちにうるおいを与えてくれる貴重な財産である。 福岡市では、幹周り1.5メートル以上や高さ15メートル以上などの一定基準を満たした老樹や巨木を、『都市の美観風致を維持するための樹木の保存に関する法律』や関連条例に基づいて「保存樹」に指定している。 保存樹の指定を受けると、管理費用の一部助成や市の負担による樹木医の診断や治療などが受けられるようになるのだ。 福岡市の保存樹は、神社の境内をはじめ、個人宅内などにも多数存在する。ただし、保存樹事業は、民有地内の緑を自主的に保護することを目的としている。公園をはじめとする公用地の樹木は、対象外となっている。

ご存じですか? 福岡市は保存樹本数で、政令市№1!

出典:出典:Fukuoka Facts

福岡市の保存樹は、1,777本で政令指定都市で第1位の本数となっているが、福岡市住宅都市局花とみどりのまち推進部みどり活用課・大内一浩課長は、次のように解説する。

大内課長: 「福岡市では1972年から保存樹の指定を始めており、初年度から熱心に取り組んできたことが大きかったようです。 歴代の福岡市長は、政策的にも緑に対して前向きだったこともあって、保存樹の指定本数において政令指定都市で最多になっていると考えます。」

出典:フクリパ

市民の共有財産である公園の緑に加えて、保存樹に代表される民間所有の緑を保護する上でも地域のリーダーである首長の姿勢は大きかったといえる。

福岡市民の花と緑を愛する心を、「桧原桜」にみる

保存樹制度の発足背景として、戦後の高度経済成長で日本の都市開発が一気に進んだことに伴って、地域のシンボルや緑を残そうという機運の高まりが挙げられる。 福岡市は、保存樹の制度をスタートした1972年9月、一気に179本を指定した。当時の福岡市長は〝花守り市長〟としても知られた進藤一馬氏。進藤市長は1972年4月、『緑と人間味豊かな部市づくり』を重点施策に決め、『第一次都市公園整備5カ年計画(1972~76年)』をスタートさせていた。そして、第一次百万本植樹運動を打ち出し、舞鶴公園をはじめとする公園や街路の木々を増やすことに力を入れた。 進藤市長3期目の1984年春、福岡市南区桧原の道路拡幅工事で樹齢50年の桜9本が伐採されることが計画された。最初に一本目の桜が切られた直後、残った桜の木に1枚の色紙がくくりつけられていた。 「花あわれ せめてはあと二旬 ついの開花を ゆるし給え」(つぼみをつけたままの桜がかわいそうだ。せめて後2週間、最後の開花を許してほしい)との和歌が、色紙に書かれていたのだ。 その後、地元紙が「花あわれ ついの開花をゆるし給え」という見出しで夕刊社会面に掲載すると、福岡市民の間で大きな反響を呼んだ。そして、残りの桜の木々には、福岡市民からの和歌や俳句、手紙などが次から次に掲げられたという。 ある日、桜の木に「花惜しむ 大和心のうるわしや とわに匂わん 花の心は 香瑞麻」と書き記した和歌があった。香瑞麻(かずま)とは、進藤氏の雅号。福岡市長からの返歌によって道路拡幅計画は変更され、伐採自体も中止されたのだ。 この話は、作曲家の團伊玖磨氏が「パイプのけむり」のタイトルで随筆を書き、世界100カ国以上で発行された総合誌『リーダーズ・ダイジェスト』に掲載されたことで世界的にも知られるようになった。そして、小学校の道徳副読本でも紹介された「桧原桜」はその後、一帯を「桧原桜公園」として整備されて毎春、市民の目を楽しませている。 今日、福岡市の〝看板〟政策である『一人一花運動』におけるDNAの一つは、桧原桜に代表される福岡市民の花と緑を愛する心であり、そしてリーダーの決断力と風流心だった、と筆者は考える。

10年後、大濠公園・舞鶴公園が、ドーム球場10.5個分の『セントラルパーク』に生まれ変わる

大濠公園、海の中道海浜公園、舞鶴公園、シーサイドももち海浜公園、のこのしまアイランドパーク……。福岡市内には、個性的で魅力的な公園が数多く存在する。 福岡県と福岡市は2019年6月、隣り合う大濠公園と舞鶴公園を一体的に整備していく『セントラルパーク基本計画』を発表した。福岡高等裁判所跡地も含めた舞鶴公園周辺エリアと大濠公園を合わせた対象面積は、実に80haにもおよび、『福岡PayPayドーム』(建築面積約7ヘクタール)の10個半分に相当する広さだ。広大なセントラルパークは、憩いと文化の交流ゾーンや鴻臚館跡ゾーン、福岡城跡ゾーン、城跡イメージゾーンで構成されている。

出典:フクリパ

「時をわたり、人をつなごう。~未来へつながる福岡のシンボルへ~」を基本理念として掲げる『セントラルパーク基本計画』について、大内課長は次のように説明する。

大内課長: 「セントラルパーク基本計画では、県民・市民の憩いの空間としての拠点化を目指していくと共に、都心部の〝オアシス〟といえる貴重な緑やオープンスペースの利活用にも取り組んでいきます。 一方、観光客に向けては、集客・観光の拠点化となる福岡の〝ランドマーク〟になり得ることが期待されています。」 かつて〝緑の保全〟がメインだった公園は今日、ランドスケープやオープンスペースとしての利活用面でも注目され、新たなまちづくりのコンテンツとしても脚光を浴びているのだ。

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いま話題の『大濠テラス』で占う、新たな公園の可能性

今日、公園を取り巻く環境は大きく変わろうとしている。2017年6月の『都市公園法』改正で公園の管理・運営において、民間の知恵や活力を導入していく流れへと舵を切っている。今後、整備が進むセントラルパークにおける利活用の試金石となる存在は、2020年9月、大濠公園にオープンした『大濠テラス 八女茶と日本庭園と。』だ。 大濠公園の管理者である福岡県は、日本庭園を含む公園南側エリアの活性化を目的にして、民間活力を生かした『公募設置管理制度(Park-PFI)』に基づく企画コンペを実施した。その結果、採択された企画案が大濠テラスだった。 公園の水景や木々の緑を眺めながら八女茶を楽しめるカフェをメイン店舗とした和風木造建築物内には、博多織や久留米絣などの着物レンタル店や、各種県産品の販売コーナーがあり、大濠テラスへの客足は絶えない。 大濠テラスを企画・運営するクレアプランニング株式会社プロダクト開発室室長の戸田三喜郎さんは、こう話す。 戸田さん: 「大濠テラスの企画提案では、大濠公園の課題を明らかにした上で長年、全国各地の公園を訪ね歩いた実体験を基に公園としての特性を見極めた提案をしました。 タイミング的にもシアトル系やサードウェーブ系のコーヒー人気が落ち着いた時期であり、八女茶と木造建築という組み合わせは時代に合っていたのではないでしょうか。 また、女性目線によるデザインや商品開発、ローカルな地元産品の数々も大いに受け入れられていると考えます。」

出典:フクリパ

自然が豊かで食も美味しく、コンパクトで便利な福岡市は、〝住みやすい都市〟として国内外から高い評価を得ている。今後激化する都市間競争において、福岡市が勝ち抜く上での〝武器〟となるのは、「天神ビッグバン」や「博多コネクティッド」での都心再開発事業に加えて、セントラルパーク整備事業だろう。 セントラルパーク整備事業においても、活発な官民連携を通じて、第2・第3の大濠テラスが誕生してくると、市民の満足度や誇りのさらなる向上を促して、都市としての持続的発展につながる。筆者はそう確信する。 文=近藤益弘

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