小学4年生の息子から、ある日「大人になったら、近くに住もうね」と言われました。”一緒”に住むのではなく、”近く”に住むことを決めたのは、周りの大人が息子にかけていた言葉が原因でした。何気なく使う言葉が、子どもの価値観を決めていくことを知って複雑な気持ちになった出来事です。
小学生の息子から意外な一言
小学4年生の息子と一緒に散歩をしていると
「おかあさん、ぼくが大人になったら近くに住もうね」と、いきなり言われました。
いつもは、のほほんとしている息子の突然の発言に驚きました。息子はそんな私を気にせずに
「ぼくが結婚したら、奥さんも働くでしょ。子どもが生まれても保育園に入れるかわからないし、おかあさんにお世話してほしいの」と、淡々と言葉を続けました。
時間をおいて、「なるほど、そういうことか」と納得すると同時に、あまりにリアルな将来像に驚きました。今どきの子どもは、共働きが前提で、待機児童の問題も当たり前なのかと感心さえしたほどです。
同時に
「おかあさんとは一緒に住まないのね」と、思わず苦笑してしまいました。
すると息子から
「仲良くいるためには距離が必要でしょ!」という言葉が返ってきました。まじめな顔で、冗談を言っている雰囲気ではありませんでした。
「一緒に住まない方が仲良くできる」息子なりの価値観
わが家は息子が赤ちゃんの時から共働きのワンオペ育児です。そのため近くにすむ私の母に育児を手伝ってもらうことが度々ありました。
息子はおばあちゃんが大好きなので、幼稚園生のころから
「おばあちゃんも一緒に住もうよ」とおねだりしていたのです。
母は孫の言葉を聞いて嬉しそうにしながらも
「近くに住んでいるくらいがちょうどいいのよ」といつも返事をしていました。私も
「そうだよ、一緒に住むとケンカしちゃうこともあるんだよ。」と加勢したこともあります。
息子はその言葉を「仲良くいるためには親子でも距離が必要」と捉えていたようです。
私の母は嫁姑関係で苦労したこともあり、私にも
「たとえ母と娘でもキッチンは一緒に使えないものよ」と口ぐせのように言っていたので、私もその考えに異論はありません。
ただ改めて息子の口からその言葉を聞くと、少しだけ複雑な気持ちになってしまいました。私との関係をよくしたいから一緒に住まないことを選択してくれているとはいえ、小学4年生の発言だと思うと子どもらしさのない現実的な発言な気がして寂しく感じてしまったのです。
親の言葉が子どもの価値観になる?
子どもの前で何気なく発している言葉が、子どもの価値観になることを痛感した出来事でした。普段は小学4年生とは思えないくらい世話がかかる部分もある幼いタイプの息子から、いきなり大人のように現実的な言葉を突きつけられると寂しくて複雑な気持ちになることを学びました。気のせいか、この日から大人っぽく鋭い発言が増えたようにも思います。
もしかしたら、子どもは大人が思っているよりもいろいろなことを理解しているのかもしれません。小さいうちは、あまり現実的な話をせず、笑顔でいられる内容を伝えることが多かったように思います。
でも、もうすぐ思春期に入る息子。その時間をとり戻すことができないと思うと、よけいに後悔の気持ちでいっぱいになるのでした。
(ファンファン福岡公式ライター / ネコト)