正体に鳥肌が! 息子が見た「黒いこわいの」その後、母が亡くなりました

 「子どもは霊が見える」といいますが、うちは無縁だと思っていました。そんな矢先、息子の口から出た「黒いこわいの」という言葉。一体何を見たのでしょうか…。今回は、思わず鳥肌が立った不思議な体験談を紹介いたします!

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怯えて泣き叫ぶ息子

写真AC

 長男が2歳後半のときの話。その日はクリスマス当日、サンタさんにずっと欲しかったトーマスのレールセットをもらい大喜び! リビングで早速組み立て、大興奮で周りを一緒に走ったり、顔を床に近づけてジッと観察したりと飽きもせず遊んでいました。

 しばらく一緒にいましたが、集中している隙に家事をしようと、リビングと扉一枚で繋がっている隣の部屋で洗濯物を干し始めました。すると…

 「ぎゃあー!」聞いたことのない長男の叫び声がして、ものすごい勢いで部屋に駆け込んできました!!
 「どうしたの!?」震えながら号泣する長男を抱き上げ、ケガでもしたかと体を確認しながら聞きます。

 「黒い… こわいのがいる…」
 「えっ! どこに?」
 「あっち」と、リビングを指さします。

 「冷蔵庫の前に、“黒いこわいの”がいる…」はっきりそう言うのです。

 ゾワッと全身に鳥肌が立ちました。泥棒が入ってきたと思いました。長男と次男をベビーベッドの柵の中に入れ、
 「静かにしていてね」と伝えます。そして、布団叩きを持って、そっとリビングに向かいました。怖かったですが、子どもたちを守れるのは自分しかいないと勇気を出します。

 リビングに入り、キッチンへ向かいます。陰になっている冷蔵庫の前をドキドキしながら覗くと… 誰もいません。
 家の中を見回りましたが、やっぱり誰もいません。長男の勘違いかな? ほっとしつつ戻り、
 「怖いのはいなかったから大丈夫だよ!」と伝えました。しかしまだ長男は怯えていて、リビングに入れなくなり、あんなに喜んでいたおもちゃで遊ばなくなってしまいました。

母の容体が急変

写真AC

 それから約一時間後、私の父から電話が。
 「お母さんの容体がよくなくて、今病院に来てるんだ。来れる?」
 「… わかった」当時私の母は、50歳にして癌を患い闘病中。余命も1年と宣告されていました。そして今は11カ月目…。

 急いで準備をし、タクシーで病院に向かいました。父から「今朝母がお弁当を作ったあと体調が悪くなり病院に来たこと」、「このまま入院になること」、「痛みの緩和のために薬を入れるから意識が朦朧とする日が増えること」を伝えられ、覚悟をしていたつもりでしたが涙が溢れました。

 病室に入ると母はベッドに座っていて、私や孫が来たことに気づくと柔らかく笑いました。ばぁば大好きな長男は、私の真似をして身体をさすったり、一生懸命話しかけたりしていました。

 母を見守りながら2時間が経ったとき、急に私の喉が渇きました。あまり喉が渇かない体質で、割と長い時間飲まなくても平気なのですが、このときは痛いほど喉が渇いて我慢できません。仕方なく
 「下の売店に行ってくるね!」と母に告げ、長男と次男を連れて売店に行きました。

 その間に、母は亡くなってしまいました。病室を離れてから、15分も経たない間の出来事でした…。

“黒いこわいの”正体とは

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 母が亡くなってしばらくし、3歳になった長男と散歩をしていたとき。町の掲示板の前で、ふと長男が立ち止まりました。
 「あ、ママ。この前おうちにいたの、これだよ!」
 「え?」長男が指さしたのは覚せい剤の注意のポスターで、大きく『死神』が描いてあるものでした。

 ポカンとする私に、長男は言います。
 「黒いこわいの。これがおうちにいた!」その瞬間、今の今まで忘れていた“黒いこわいの”の出来事を思い出し、一気に鳥肌が立ちました。薬を飲みながらでも日常を送っていた母の急な容体悪化。そしておもちゃで遊べなくなるほどの長男の怯え方。

 あの日長男が見た“黒いこわいの”が死神だったとしたら、死神は母を迎えにきていた…?

 この日以降、長男が「黒いこわいのがいる」と言うことはありません。
 それでも、当時よっぽど恐怖だったのか、大きくなった今でもポスターやテレビなどで死神を見ると
 「小さい頃これ来たよね」と言うほど強く覚えているようです。

 本当に死神が迎えに来たのかもしれないと思わざるを得ない、恐ろしい出来事でした…。

(ファンファン福岡公式ライター/さとう なつこ)

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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