明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学二年生の頃、超能力や心霊現象の本が流行っていた。
「おばあちゃん、ここに載ってる〝石降り〟なんて本当にあるのかな?」
「あぁ、どこからともなく石が降るってやつだね。おばあちゃんの故郷では〝天狗つぶて〟って呼んでて、昔から記録や言い伝えが残っているよ」
「どんなの?」
「杣人(そまびと。きこり)のNさんから聞いた話があるよ」
そう言うと祖母は話しはじめた。
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梅雨の合間にぽっかりと青空が顔を見せた午後、Nさんが祖母の父を訪ねて来た。
見るといつもの頭巾ではなくさらしを頭に巻いている。
「どうした? 怪我か?」縁側で本を呼んでいた祖母の父が声をかけた。
「いろいろあってな…ちょっと不思議な話だが聞くか?」
「おう、聞かせてくれ!」
そんなやり取りの後、Nさんは縁側に上がった。
お茶と団子を運んで来た祖母はそのまま二人の横に座った。
「S県まで遠出したときによく泊まっていた旅籠(はたご)があるんじゃが…」
「前に聞いたことがあるな…『まとや』じゃろ? 泊まるモンが減って商売が苦しくなっとるっちゅう」
「そうそう。よう覚えとるの。先月、二年ぶりにその『まとや』に泊まったのよ」
「たしか女将が病にふせっておったんじゃなかったか?」
「うむ。残念なことに一年前に亡くなっておった。十二と九つの娘を残してな」
「そりゃ気の毒にのう。それじゃあ旅籠も上手くいっとらんのじゃないか?」
「儂(わし)もそう思ったんで久々に立ち寄ったのよ。すると旅籠はな…」
「まさか潰れてたんじゃ?」
「旅籠はな…」
「旅籠は?」
「旅籠は…」
「早よ言わんかい!」
「はは、すまんすまん。旅籠は…見違えるくらい立派になっとった」
「なんと! どういうわけじゃ?」
「うん。裏の潜り戸から中に入ると上の娘が迎えてくれた。案内されるままに奥の部屋まで行くと主が仏壇に向かって座っておった。儂も線香をあげさせてもらった」
「それで?」
「『正直、潰れとるんじゃなかろうかと心配しとったんじゃがえらい繁盛しとるのう。どうしたんじゃ?』と聞くと主はくれぐれも他言無用と言うて話てくれた」
「儂も誰にも言わんから早よ聞かせてくれ!」
「それが〝天狗つぶての宿〟ちゅうて大変な噂になっとっての。なんでも寝とるとパラパラと赤い小石が降ってきて、それに当たると運が開けるちゅうんじゃ。丁度旅立つ客がおったんじゃが、『たしかにつぶてが降った! 当たった!」と喜んで出て行きよった」
「天狗つぶて! 不思議じゃの!」
「お前さんは信じやすいの。これにゃからくりがあるんじゃ。一年前、ただでさえ商売が左前なのに女将が亡くなって万事休すと思った家族が打った最後の手じゃよ」
「最後の手?」
「あの宿は天井裏に上がれるようになっておっての。そこに上がった二人の娘が客の寝静まった頃を見計らって天井板をずらし、小石を降らせていたんじゃ」
「小石が赤いのは?」
「主が河原で拾って色を着けたものよ」
「それが噂を呼んだのか! 良かったのう…ん? お主、〝不思議な話〟と言わんかったか?」
「そうじゃ。この話には一つ不思議なことがあるんじゃ…嬢ちゃん、お茶のおかわりくれんかの?」
「ええい、早よ言わんかい!」
「ははは! 天狗つぶては主や娘たちが考えたもんでも他のだれかから聞いたもんでもないのよ」
「どういうことじゃ?」
「初七日が終わった夜、女将が主の夢枕に立って『小石を赤く染め、眠った客の上から撒け』と言うたんじゃと。不思議な夢じゃなと思っておったら二人の娘も寸分違わぬ夢を見たと言う。どうせこのままでは旅籠は畳まんといけん…ならばとやってみたら大当たり!」
「ふえ〜! 亡くなった女将が仕組んだんか…で、お主の頭はそのつぶてで?」
「いや、これは…帰りにうっかり潜り戸で打ちあげたんじゃ」
「そりゃ、不思議でもなんでもないな」
「まあな」
気がつくと空は真っ赤に染まっていた。
「明日も晴れるな。さて、おじゃまさま」
そう言うとNさんは帰って行った。
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「他言無用ってどういう意味?」
「誰にも話しちゃいけないってこと」
「ふ〜ん。おばあちゃんに聞いたこの話も秘密にするよ。他言無用!」
「えらい、えらい」と祖母は頭を撫でてくれた。
チョコ太郎より
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