日本で古くから愛されてきた防寒着といえば「わた入れはんてん」。懐かしいと感じる方も多くいらっしゃると思いますが、なかには「着たことがない」「そもそも“はんてん”ってどんなもの?」という人もいるかもしれません。そんなはんてんに、スポットライトを当てたのが筑後市にある木綿織物の老舗「宮田織物」です。今の時代だからこそその良さを再認識してほしいとの思いで、令和の時代に馴染む新たな「わた入れはんてん」を生み出しました。便利な防寒着が安く手に入る中、なぜ今、はんてんなのか。ライターの戸田 千文さんが開発ストーリーとともに、担当の平野広大さんに話を伺いました。
昭和生まれには懐かしい「はんてん」とは?
皆さんは「はんてん」をご存知でしょうか。昭和生まれにはなじみがある「はんてん」ですが、最近では着る機会も減り、はんてんを知らないという方もいらっしゃるかもしれません。はんてんは、着物の羽織やお祭りのときに切る法被(はっぴ)の形をしたものです。中でも「わた入れはんてん」はその名の通り、わたを詰めることでまるでお布団のようなほっこりした温もりを与えてくれる防寒着として親しまれてきました。地域によっては「褞袍(どてら)」「丹前(たんぜん)」「どんぶく」などと呼ばれています。 フリースや薄型ダウンなど、便利な防寒着が安く手に入るようになり、徐々に着る機会が減ってしまったはんてん。そんな「はんてん」に再注目し、普及に向けて奮闘しているのが筑後市にある「宮田織物」です。
50年に渡りはんてんを作り続けるも、近年は需要が激減
宮田織物は1913年創業の木綿織物の老舗店です。久留米絣の工房としてはじまり、現在は糸選びからデザイン、織り、縫製まですべて自社生産にこだわるものづくり会社に。婦人服を中心に、作務衣や甚平などを手掛けています。中でも力を入れているのが「わた入れはんてん」。「宮田織物では、50年以上はんてんを作り続けています」と教えてくれたのは、同社の平野広大さんです。 平野さん: 「久留米絣の機織からはじまった宮田織物が、わた入れはんてんを作り始めたのは昭和40年代です。特にオイルショックがあった1973年からは、暖房費の節約のために、着るだけで温かく高品質のわた入れはんてんの需要が高まり、ピークとなった1985年には年間50万枚を製造。定番の品として、多くの方に愛されていました。
しかし、平成に入ってフリースや薄型ダウンなど安くて機能性が高い防寒着が開発されると、割高なはんてんの需要は激減。最近では、年間1万6000~2万枚程度の生産数に落ち込んでいます。昔は商店街の布団屋さんなんかに置いてあったのですが、最近はそういった専門店も減り、特に若い方にはなじみがないものになってしまったんです。」
宮田織物が伝えたい、「はんてん」のすごいところ
なぜ、「はんてん」なのか?その理由についてもうかがってみました。 平野さん: 「その昔は「おばあちゃんが作ってくれた」「受験勉強の時に愛用していた」などの逸話はあれど、今、手にしている方はとても少ないのでは?と思っています。宮田織物の「わた入れはんてん」は、表地、裏地共に綿100%を基本としているので、乾燥した冬場でも不快な静電気が起こりにくいのが特徴です。 1枚1枚、表地と裏地を適度な緩さで縫い閉じることによって、着る度に体に沿い暖かを保ってくれます。また、中わたに使用している天然の木綿わたには、吸湿性もあり、余分な湿気を吸い快適に保つ働きもあるようです。時流のファストファッションのとは一味も二味も違った、冬の防寒着です。「わた入れはんてん」を着ることで、木綿素材と手作りが融合したちょっと古風を感じる温かさを感じていただきたいと思っています。」
一貫生産の強みを生かし、洋服用に企画した生地をはんてんに使用
宮田織物のわた入れはんてんは、1着1万3000円ほど。大手量販店で流通されるフリースや薄型ダウンなどと比べると割高に感じてしまいます。さらに、はんてんと聞くとどうしても古臭いイメージが……。社会環境の変化も加わったことで、特に若い世代は、はんてんに触れる機会がほとんどなくなってしまいました。どうすればもう一度はんてんを手に取ってもらえるだろうか。そこで考えたのが社内にたくさんある洋服用に企画された生地の中で今までの「わた入れはんてん」には無かった新しい感覚の生地がないか探し使用しました。 平野さん: 「宮田織物では、糸選びや生地作りを含め自社で一貫生産をしています。とはいえ、これまでは「洋服は洋服用」「はんてんははんてん用」と生地を分けて考えていたんです。でも、考えてみれば別に切り分ける必要はないんですよね。洋服用の生地といってもデザインが異なるだけで、性能に変わりはない。自社のいい生地があるんだから、はんてん用でない生地を使うことで、古臭いイメージを払拭してみようと思ったんです。
もちろん、洋服用のすべての生地が使えるわけではありません。まずは生地の柔らかさや着心地を社内で話し合いました。昔なら女性は「赤」、男性なら「黒」や「紺」というイメージがありましたが、今はそんなことはない。
女性でもシックな黒や紺を、男性でもほっこりした赤を選べるように、ジェンダーを取り払ったデザインや色を展開しようとなり、生まれたのが「水鞠(みずまり)はんてん」です。3000以上の柄の中から選んだのは、飛び散る大きな水玉を織り柄で細やかに表現したもの。色は赤と紺ですが、性別に関係なく好みの色を楽しめる織り柄になっています。」
現代の暮らしに合わせたカスタムと変わらない「定番」
ジェンダーレスの今の時代に合わせた布柄で完成した「水鞠はんてん」。もちろん、現代に合わせていくつかの工夫がされていますが、変わらないものもあると平野さんは話します。 平野さん: 「シルエットは昔ながらの形を残しています。こだわりを捨てて、丈を長くしてみるといった定番以外の形にチャレンジしてみたこともあるんです。でも、やっぱり定番の形にもどってくるんですよね。長く使われてきたものには、理由があるんだと思いました。だから大きな枠として、形を変えることはしていません。 とはいえ、今の流行や生活様式を考えると昔とまるっきり同じデザインというのもいかがなものか?例えば、ポケットは深めに仕上げています。スマートフォンがすっぽり入るので、屈んだときに落ちにくくなっています。また、丈や身幅は見直して、野暮ったさがないようにしました。わた入れはんてんと聞くと重たいイメージを持たれる方もいますが、近年は暖房器具も性能が高くなっているので、昔ほどわたを詰め込む必要もなく、軽い着心地になっています。」
「若者に知ってほしい」との思いから、クラウドファンディングに挑戦
こうして出来上がったはんてん。お披露目の場に選んだのは、若者の目に触れやすい「クラウドファンディング」でした。宮田織物としては、はじめての挑戦です。「当初、目標を達成できるか不安だった」と平野さんは話しますが、実際は目標の3倍近い支援金を集めることに成功。普段、宮田織物の製品に触れる機会が少ない層から多くの支持を得ることができました。 平野さん: 「宮田織物のお客さまの多くは、50歳以上の女性の方。クラウドファンディングでは、30~50代の男性を中心に、普段とは異なる方たちからアクションをいただけたのがうれしかったですね。「昔はあったけど、忘れていた」「欲しいと思ってもどこに売っているのか分からなかった」と教えてくださる方もいて、手に取ってもらえるよいきっかけになったと思います。 さらに多くの方の目に触れたことで、販売経路の拡大にもつながりました。遠方の販売店から問い合わせがあったり、すでに取り扱っていただいているお店ではクラウドファンディングに挑戦していた商品としてポップを作って販売してくれたり。
これまでは、自社のWEBサイトやカタログなどしかPRツールがなかったので、クラウドファンディングはとても良い表現の場所になったと感じています。写真のモデルには、当時結婚されたばかりの取引先の方に協力してもらいました。ほっこりしたわた入れはんてんのイメージをしっかり伝えることができたと思います。商品開発と同時進行でクラウドファンディングに挑戦していたので、タイトなスケジュールは大変でしたが、新しいお客さまにたくさんの反応がもらえたのはとてもうれしかったです。」
今の時代だから触れてほしい「はんてん」の魅力
まるでお布団に包まれているかのように、じんわり、ほっこり温めてくれるのがわた入れはんてんの魅力。わたを詰めたあと表地と裏地はミシンを使わず人の手で手縫いすることで、縫い目に緩みができ、長く切れば自分の体に合ってくるのだそう。そんな「緩さ」こそ、今の私たちが求めているものなのかもしれませんね。 平野さん: 「新型コロナウイルスの影響で、おうち時間が増えたこともあり、わた入れはんてんの良さがさらに注目されているんじゃないかと感じているんです。家の中にいる時間が長いからこそ、今使っている持ち物が見直されているのかもしれません。わた入れはんてんは、日本にしかない伝統的な暖房着。1枚1枚丁寧に手作りしているので、大量生産はできませんが、民芸品のような手作りの品として手に取ってもらえたらうれしいですね。 もちろんこれからもライフスタイルに合わせて、新しい提案をたくさんしたいと考えています。「水鞠はんてん」は定番の良さを残すデザインでしたが、やっぱり定番を変えることもチャレンジしていきたいんです。袖や丈、サイズ感……生活環境もひとそれぞれにちがいますから。大量生産ができない手作り品だからこそ、小さな声を汲み取って製品づくりをしていきたいです。」
いい「はんてん」の選び方とは?
最後に、ずばり、いいはんてんの選び方についてもうかがってみました。 平野さん: 「なかなか難しい質問ですが、一番大切なことは、やっぱり気に入ったはんてんを選ぶってことですかね。 とてもストレートなことかもしれませんが、愛着を持て長く大切にするためには、とても大切な要素だと思います。宮田織物の「わた入れはんてん」と一口に言っても、色や柄、形、等の違いで、ざっと200種類ぐらいあります。」 次の時代の「新しい定番」を作りたいと話してくれた平野さん。「水鞠はんてん」は宮田織物の通販サイトで購入可能。ワンサイズですが、袖を折ったり、前紐をほどいたままにしてみたりと着方をアレンジするのもお楽しみのひとつ。おうち時間を大切にしたい現代だからこそ、改めて昔から愛される定番品に触れてみませんか。 すべて袖を通すことは難しいですが、ぜひ選べる範囲で、あれやこれや検討していただき、お気に入りの「わた入れはんてん」を選んでいただきたいです。」 次の時代の「新しい定番」を作りたいと話してくれた平野さん。「水鞠はんてん」は宮田織物の通販サイトで購入可能。ワンサイズですが、袖を折ったり、前紐をほどいたままにしてみたりと着方をアレンジするのもお楽しみのひとつ。おうち時間を大切にしたい現代だからこそ、改めて昔から愛される定番品に触れてみませんか。 文=戸田 千文