續・祖母が語った不思議な話:その参拾壱(31)岩見と蜘蛛「道連れ」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は祖母がおじいさんから聞いた話です。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 時代が江戸に変わった頃、ある山に化物が出ると噂が立った。
 峠を越える旅人が消え、数日後に枯れ木のような干からびた姿で山中に打ち捨てられるということが続いたのだ。
 都へ抜ける近道だったが恐れて通る者もなくなった。

 噂を耳にした岩見という侍がこれは捨て置けんと化物退治に出かけることにした。
 腕には自信があったが、なにせ相手は見たこともない化物。
 もう戻れないかもしれないと、家を綺麗にし庭を掃き草木に水をやり終えると門を出た。

 山の登り口まで来ると茶屋があった。
 固く閉ざした戸を叩くと痩せた老婆が出てきた。
 化物の話を尋ねると噂の通りだった。
 「変わり果てた旅人を幾人も見ました。お侍さまも行ってはならねぇです」と止める老婆に感謝を述べると、岩見は山道を登って行った。

 中腹にさしかかった頃、突然底が抜けたような大雨になった。
 やりすごそうと大木の下に入ると琵琶を背負った女がいた。
 「お互い災難でしたねぇ。このまま待っていても上がりそうにないし…あそこに見える寺まで行きませんか?」と女は指差した。
 罠かもしれないと思ったが、まずは化物を見つけるのが肝心と同意し寺に向かった。

 寺は荒れ果てており見捨てられたものに違いないと思ったその時、奥から老僧が出てきた。
 「酷い雨ですな。止むまでこちらでお休みください」と親切に招き入れてくれた。
 女は…と見るとどこに消えたか姿がない。
 やはりあの女が化物かと思いながら老僧の後について行った。

 しばらく待っていたが、雨は止むどころかますます激しくなるばかり。
 老僧が淹れてくれた茶を飲みながら読経を聞いていると瞼が重くなってきた。
 そして一瞬、意識が途切れた。

 「危ない!」
 
 女の声に我に返ると目の前に真っ赤に目を光らせた老僧が迫っていた。
 こいつだったかと抜き打ちに斬りつけると老僧は宙に舞った。
 刀が届かない!

 そのとき女がかき鳴らす琵琶が響いた。
 「か、体が動かん…お前、人ではないな!」そう叫ぶと老僧は床に転がった。
 「今です!」
 女の声と同時に刀は走っていた。
 老僧はふらふらと隣りの部屋まで逃げ、そして倒れた。
 近寄ってみると猪ほどの大きさの虻(あぶ)が背中を割られて死んでいた。

 礼を言おうと振り返ったが、またしても女は姿を消していた。
 雨はいつの間にか上がっていた。

 山を降り、あの茶店に寄ると化物を倒したことを告げた。
 老婆は大変驚き、そして喜んだ。

 立ち去ろうとしたとき、岩見の肩でなにかが動いた。
 「良い旅の道連れでしたねぇ。行きに立ち寄られたときにも、この女郎蜘蛛は貴方様の背中に付いておりましたよ」
 老婆の言葉に見てみると、一寸にも足らぬ蜘蛛がじっととまっていた。
 それは毎日目にする、庭に巣をかけている蜘蛛だった。

 岩見は蜘蛛と一緒にゆっくりゆっくり帰って行った。 

チョコ太郎より

 99話で一旦幕引きといたしました「祖母が語った不思議な話」が帰ってきました!この連載の感想や「こんな話が読みたい」といったご希望をお聞かせいただけるととても励みになりますので、ぜひ下記フォームにお寄せください。

※この記事内容は公開日時点での情報です。

著者情報

子ども文化や懐かしいものが大好き。いつも面白いものを探しています!

目次