明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は祖母がおじいさんから聞いた侍・岩見の話です。
岩見が虻(あぶ)の化物を倒した評判はいつの間にか城下で知らぬ者がないほどになった。
当の本人は泰然自若、いつもと変わらぬ日々を過ごしていた。
そんなある日、家老より直々に呼び出された。
話領地の外れにある村で幾人も神隠しにあっているという。
「儂(わし)には何か妖(あやかし)の仕業に思えてならん。そこでお主に調べてもらおうと思ってな」
「承知仕り(つかまつり)ました!」
もとより村人の苦難を見逃せない岩見はそう答えると準備の為に家に戻って行った。
同じ領地とはいえ、当の村はかなり遠い。
いつものように庭を掃(は)き草木に水をやり旅支度を整えて門を出た。
ふと見ると肩に庭に住みついている女郎蜘蛛が乗っている。
「お前も一緒だと心強い」と岩見はそのまま歩き出した。
夏とはいえ村に着いたときにはもう陽が暮れかかっていた。
城からは話が通っており、歓迎の宴が整えられていた。
「気持ちはありがたいが変事の解明が先じゃ。話を聞かせてくれ」
「承知いたしました」
深々と頭を下げると名主は話し始めた。
これまでに五人が消えたこと、それは必ず雨の日に起こったということ、泥道に何かを引きずったような跡があったこと。
「雨の日か…」岩見は思案顔になった。
「なにか私どもにできる事がありましたら、お申し付けください」
「それならばこの女郎蜘蛛をここの庭にしばらく住まわせてくれ。大事な連れだ」
「へ? お連れ様…ですか」
岩見は翌朝から村のあちこちを巡ってみたが、怪しいことは起こらない。
次の日も、また次の日も。
四日目の夜、調査を終え名主の家で休んでいると、突然篠突く(しのつく)ような降りになった。
今こそ変事を探る好機だと、岩見は飛び出して行った。
夜道を進んでいると後ろからずるずると音がした。
振り向くとギラギラ光る物が近づいて来ている。
これが妖かと渾身の力で斬りつけた刹那、刀が折れた。
「今は引く時。さ、早く!」
呆然としている岩見の袖を女が引いた。
虻の化物を倒した時に加勢してくれた女郎蜘蛛の化身だった。
名主の家に戻ると女は消えた
夜道で出逢った妖のこと、刀が通らなかったことを話すと名主は奥から古いが見事な刀を持って来た。
「こちらの刀をお使いください。村のご神体として祀ってきたものです」
「ありがたい…うん、これは?」
見ると紙縒(こより)のようなものが結んである。
開くと「ダイリメツサツ」と記してあった。
部屋に戻ると女が座っていたので、刀と紙縒を見せた。
「人外の者を倒すには正体を知ること。これで大丈夫です」
「正体? 儂にはとんと見当もつかんが…」
「村外れの古池に彼奴(あやつ)は居ります」と女はにっこり笑った。
翌朝、小降りの中を二人は古池までやって来た。
「私が囮(おとり)になります。岩見様はその時が来るまで伏せておいてください」
そう告げると女は蜘蛛の姿に戻り、張り出している木の枝から池の上にするするとぶら下がった。
水面に蜘蛛の影が映ったかと思うと水が盛り上がり、十尺(約3.3m)ほどもある鯉が飲み込もうと飛び出してきた。
「今です!」
その声に合わせ、岩見は真っ白な腹に刀を深々と突き立てた。
池を真っ赤に染めながら妖魚は沈んでいった。
名主に退治したことを告げ池をさらうと、おびただしい人骨が出てきた。
「これのおかげで倒す事ができた。大切にな」
そう言って刀を返し、蜘蛛を肩に乗せると岩見は村を出た。
ことの子細を聞いた家老は大層喜び、代々伝わる名刀を授けた。
岩見が家に戻り今回の出来事を文書にまとめていると表から子どもの歌が聞こえてきた。
「た〜いらばやしか、ひらりんか〜」
それを聞いた岩見は、はたと気づいた。
「ダイリ…そうか大鯉か!」
庭で女郎蜘蛛の巣が揺れた。
チョコ太郎より
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