明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は祖母がおじいさんから聞いた侍・岩見と蜘蛛の化物退治の話です。
夏の夕方、岩見は隣りの藩にいた。
難しい藩命をつつがなくこなし、上機嫌で城下を歩いていると人だかりがしている。
見ると菰(こも)が被せてはあるが骸(むくろ)が横たわっており、流れ出した血が地面を染めていた。
「やはり勝てんかったか」
「これで三人目じゃ。くわばらくわばら」
駕籠(かご)かきの二人組が恐ろしそうにそう呟くのを耳にした岩見は二人を近くの居酒屋に誘った。
最初は口が重かった二人も盃を重ねるうちに饒舌になっていった。
「先ほどの骸はどうしたのかの?」
頃合いを見計らって岩見は聞いた。
「先の年、近くの山中にある打ち捨てられた屋敷に女が住み着きまして。それもえらい別嬪(べっぴん)らしいんですわ」
「そうそう! 見ただけで震えがくるような別嬪らしいんですわ」
「噂を聞いた若い衆が幾人も口説きに行ったんですが…皆帰ってこん」
「そうそう! 誰一人帰ってこん」
「これは怪しいと、城内でも腕が立つと評判のお侍が出かけたんですが…」
「そうそう! 腕の立つお侍が…」
「えぇい、お前は黙っとれ! お侍は翌朝には仏さんになって往来に転がされとりました。それから二人目、三人目と出かけて行きましたが…同じありさまでして」
「よう話してくれた。礼を言う」
勘定を済ませ二人に頭を下げると岩見は山に向かった。
夕陽が隠れる頃、くだんの屋敷に着いた。
元はさぞかしと思うほど立派な外観に反して、中はかなり荒れていた。
「岩見様、よくぞ来られた。妾(わらわ)をお斬りなさるか」と声がしたので振り返ると、薄物をまとい薙刀(なぎなた)を持った女が笑っている。
「どこから現れたのかと不思議に思うておるな。何故(なにゆえ)名前を存じておったのかも」
妖(あやかし)とのやりとりは惑わされるだけだと、岩見は踏み出すなり斬りつけた。
間合いも確かな不意打ちのはずなのに刀は空を斬った。
「妾を斬れるとお思いか? はははははははははははははははははははははは」
さらに打ち込むが、まるで当たらない。
「下段から中段への斬り上げ、袈裟切り、突きか。分かりやすいのう。そろそろこちらから行こうかのう」
女は薄く笑うと斬り込んできた。
右脚を斬られた。
その次は右肩を、その次は左腕を。
「次で終わりとしようかの」
その言葉にはじかれたように岩見が飛び下がった刹那、天井が崩れ落ちた。
「⁈」
突然の出来事に女も驚き天井を見上げたその隙に外へ飛び出し、転がるように山を下った。
血だらけで家に戻ると心配顔の女が飛び出してきた。
「容易ならぬご様子…岩見様、妖(あやかし)に遭いましたね。私が手当いたします」庭に住む女郎蜘蛛が化けた女はそう言うと傷を糸でくるんだ。
「どんな妖でしたか?」
「姿は女だった。刀がまるで当たらなくてな…こちらの考えが分かるようだった。なんとか退治せねば…」
「そうでしたか。でも、まずは体を癒やすことが先決です!」
半月ほど経ち傷も癒えた頃、岩見はもう一度あの屋敷に行こうと家を出た。
門のところには蜘蛛の女が待っていた。
「さあ行きましょう。妖退治に」
道中、茶店で一休みしている時に女が言った。
「私は蜘蛛の姿で隠れています。岩見様はこの前と同じように妖を斬ってください」
「何か策があるのだな。分かった。その方を信じよう」
「はい」と女は微笑んだ。
屋敷に着いたのは夜だった。
中に入ると廊下に行灯が誘うようにいくつも並んでいる。
岩見は抜き放った刀を手に進んで行った。
「あさましや、あたら助かった命を捨てに来たか」
嘲笑う声が響いた。
岩見は今度こそと声の方向へ切り込んだ。
「無駄なことを。お主の考えは手にとるように分かるわ。何度やっても…ぐげ??」
胴を払おうと打ち込んだ刀は途中で跳ね上がり妖の鳩尾(みぞおち)を貫いていた。
妖は信じられないという顔をしながら崩れ落ちた。
「上首尾でした」
呆然としている岩見に蜘蛛の女が近づいてきた。
「何故倒せたのだ?」
「あの妖はサトリ。人の心を読むので攻撃が当たらない…だから私が糸で岩見様を操ったのですよ。読んでいたのと違う太刀筋にはひとたまりもなかったようですね」
「恐ろしいやつだった。お主のおかげだ」
そう言うと岩見は妖を見た。
その死に顔は美しかった。
「あっ、妖だが別嬪だなと今思いましたね?」
「う…お主もサトリか!」
二人は顔を見合わせてひとしきり笑うと屋敷を後にした。
チョコ太郎より
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