明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は祖母の父が杣人のNさんから聞いた話です。
社会人になって数年経った秋のはじめ、久しぶりに実家に帰ると祖母がイヤホンで携帯ラジオを聞いていた。
「おばあちゃん、何聞いてるの?」
「お帰り。落語だよ、桂枝雀さん」
「お、枝雀師匠! いいね。噺(はなし)は?」
「『幽霊の辻』だよ」
「うわ、ますますいいね!」
「一緒に聞こうか」
そう言うと祖母はイヤホンを外しボリュームを上げた。
聞き終わった後、祖母が煎れてくれたお茶を飲んでいるとき〝記憶の引き出し〟が開いた。
「おばあちゃん、昔『首無し地蔵』の話をしてくれたことがあったね」
「さっきの噺に出てきたから思い出したんだね」
「うん。久々に話してくれないかな?」
「ああ、いいよ。あれは私のお父さんが杣人(そまびと)さんから聞いた話だったね」そう言うと祖母は語り始めた。
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ある年の秋も深まった頃、杣人のNさんが祖母の父を訪ねてやって来た。
「変わりはなかったか?」
「今年は寒いなぁ…ずっとお天道さまが顔出さんからなぁ。山の夜はまるで冬のようだで。ヘクション!」
「里も大変だぞ。稲の出来が悪うてなぁ」
「それで思い出した。首無し地蔵、知っとるよな」
「もちろん。T村の荒地に立っとる祟るっちゅう噂の首の無い地蔵さんじゃろ」
「そうそう。数日前にそのT村を通ったのよ。あそこは昔っから農作物の育たん悪地だったはずなんじゃが、稲がそれは立派に実っとった」
「こんな不作の年に? どうしたことじゃろな」
「あんまり不思議だったんで村長んところに聞きに行った」
「ふんふん、それで?」
「村長の言うには、昨年はいつにも増して作物の出来が悪くいよいよ村を捨てるしかないかと村中で相談しよったんじゃと。そしたらその晩、首無し地蔵が夢に出て『儂(わし)が立っとる荒地に埋まっとる首を探せ。三日目の日暮れまでに見つけんと村のもんの首を取る』ちゅうて脅しよったそうな」
「ただでさえ大変なときに、なんちゅう迷惑な!」
「目が覚めると村人全員が家の前に集まっておる。訳をきくと皆同じ夢を見たんじゃと。なにせ祟ると有名な地蔵なもんで、既に皆手に手に鎌や鍬を持っておる。村長も皆と一緒に荒地に向かった」
「それでどうなった?」
「それから二日二晩みんなで草を刈り、地面を掘りくり返したが見つからん。三日目の陽も沈みかけ皆諦めかけたとき、村長の娘が荒れ地の端から地蔵の首を見つけた。喜んで集まって来た村の衆に、末娘は突然しわがれた男の声で『お前たちはようやってくれた。その礼をやる。後ろを見ろ』と言うた」
「後ろには何があったんか?」
「後ろを向いた皆の前には田んぼに丁度いい土地が広がっとった。首を探すのに夢中で掘って、気が付かんうちに開墾しとったんじゃな。誰もがその光景に見とれておった」
「それで娘は?」
「『もう心配せんでええな。どんなときでも立派な稲が育つ田じゃ』と言うなりその場に倒れた。家に連れ帰ったらすぐに気がついたが、自分が言ったことは何も覚えておらんかったそうな」
「不思議なこっちゃの。首無し地蔵…恐ろしいばかりじゃないのう」
「首無し地蔵も信心してくれる人がおらんと駄目なんじゃろうな」
語り終えたNさんは煙草を吸おうと煙管(きせる)を取り出した。
「なんじゃ! 煙管の首が無うなっとる!」
「ははは。首無し地蔵の祟りかもな」
「今は首有り地蔵じゃ! ヘクション!」
くしゃみを残してNさんは帰って行った。
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「そうそう、これこれ! 久しぶりにおばあちゃんの話が聞けて嬉しかったよ」
「子どもの頃は毎晩話してあげたね」
「毎日どきどきしながら聞いてたよ。懐かしいなあ。今日は泊まっていこうかな」
「そうおしよ。ちらし寿司もあるよ」
祖母は満面の笑みを浮かべた。
チョコ太郎より
99話で一旦幕引きといたしました「祖母が語った不思議な話」が帰ってきました。この連載の感想や「こんな話が読みたい」といったご希望をお聞かせいただけるととても励みになりますので、ぜひぜひ下記フォームにお寄せください。