明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は祖母がおじいさんから聞いた、侍・岩見と庭に住み着いた蜘蛛(くも)の女の話です。
「お主、儂(わし)に同道せい」
秋も深まり始めた頃、岩見は家老に呼び出された。
「承知つかまつりました。して、どちらまで?」
「まあまあ。行ってみての楽しみじゃ。明日、明け六ツ(午前6時)に来てくれ」
「畏(かしこ)まりました」
翌朝、家老と岩見は供も連れず出発した。
家老はずんずん山の方に向かってゆく。
「はて? ここは妖(あやかし)が巣食っていた山だが…」といぶかる岩見だったが、おくびにも出さずに家老に着いて山道を進んだ。
「ここじゃ。どうかの? 驚いたか?」と家老はにんまり。
そこは以前岩見と蜘蛛が退治した、老僧に化けた妖が住み着いていた寺だった。
打ち捨てられてぼろぼろの廃寺だったはずが、立派に建て直されていた。
「驚きました! これは?」
「せっかくお主が妖を退治してくれた寺じゃ。旅人を見守るにもここにあるのが良かろうと建て直させたのよ。偉い坊主を呼んで住職になってもろうた。挨拶していこう」
出迎えた小坊主に案内された寺の中は見事に再建されていた。
新たな住職は岩見と変わらないくらいの年格好に見えた。
「ようお越しになられました。拙僧は光月(こうげつ)と申します。御家老よりお招きいただき、この寺の住職を務めております…おや?」
光月は岩見を見ると怪訝な顔をした。
「この男に何か気になるところがありますかな?」と家老が聞くと
「はい。岩見様よりただならぬ妖の気が感じられます。少々お待ちください」
そう告げると奥から梵字の書かれた赤い紐(ひも)を持って来た。
「これを家の一番大きな木に結びなさい」と岩見に渡した。
帰宅した岩見は教わった通り、庭で一番大きな木に紐を結ぶと床に着いた。
ドスン…ドスン…ドスン
「廊下を何かが跳ねている?」
怪しい気配に目を覚ました岩見は枕元の刀をつかむと障子を開け放った。
いた!
真っ赤な一つ目一本足の大男が。
大男は一つ目をギラギラ光らせながら向かって来た。
岩見が袈裟懸けに斬りつけた刹那、無数の小僧に分裂した。
小僧は目を光らせぴょんぴょんと一斉に向かって来る。
端から切り払うがその度に分裂してきりがない。
じりじりと押し込まれたその時、まるで星が落ちてきたかのように庭が光った。
光を受けた小僧はみなぐずぐずと崩れ土塊(つちくれ)になった。
「なんてものを渡すんだろうねぇ、あのくそ坊主! おたんちん! ひょうろくだま!」
あっけにとられる岩見の耳に怒った声が聞こえた。
蜘蛛の女だった。
肩で息をしている。
体中傷だらけになっている。
「これは? いったいその傷は?」
「この化物は土妖です。ふだんは私を恐れておとなしくしてるんですがね、あの紐のおかげで私ら木の性(しょう)の妖たちが動けなくなったのをいいことに岩見様を殺めようとしたんですよ」
「土の妖は木の妖に弱いのか?」
「ええ。相性がありましてね。木は土から養分を吸い上げるでしょう」
「なるほど。あの紐は封印か…しかしお主よく動けたな」
「私くらいになるとあれぐらいの封印でも動けますよ。ただ荊(いばら)の茂みの中を歩いているようで全身を刺されるから、よほどのことがない限りじっとしてますがね」
「そうか、よほどのことが…すまん。手当しよう」
「ななななななに言ってんですか。結構です!」
「それでは儂の気が済まん。何かしてほしいことはないか?」
蜘蛛の女は少し考え、そして言った。
「お月さんが見たい…かな」
「月? 月なぞいつも見てるだろうに」
「いやね、お月見ってヤツを一度やってみたいなぁって、ずっと思ってたんですよ」
「お安い御用だ。次の十五夜はお月見だ」
それからしばらく経った夜、煌々と輝く月の下、岩見と蜘蛛の女は並んで酒を酌み交わしていた。
「正体を見られているみたいでお月さんは苦手だったんですが、こうして見ると悪くないですねぇ」
「うむ。これからも時々月見をしよう」
「まぁ嬉しい! 岩見様、杯を」
「かたじけない。ん? お主顔が赤いな」
「おおおおおおお酒は久方ぶりでしたから。あぁ本当に綺麗なお月さん」
「ああ。綺麗だ」
二人はそろって月を見上げた。
チョコ太郎より
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