續・祖母が語った不思議な話:その肆拾陸(46)「こっちこっち」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 「お〜い! 誰か来てくれ!」

 時は大正、祖母が六歳の秋の夜更け。
 夕方から親戚の住む魚村に泊まりに行ったはずの父親の声が表から聞こえた。
 弾かれたように飛び出した母親の後を追って行くと門の所に見知らぬ若い男を抱えた父が立っていた。
 男は頭から血を流し、服もあちこち裂けている。
 家の中に運び込むと、手当をし座敷に寝かせた。

 幸い見た目と違って怪我はそれほど酷くはなかった。
 半刻(約一時間)ほどすると男はもう大丈夫と起き上がり、礼を述べた。
 「一体何があったのですか?」と母が男に聞いた。
 「それには儂(わし)が答えよう」と父が引き取った。
 男もうなずいた。

 「家を出ていつもの川沿いの道を歩いていてたんじゃが、途中の橋が落ちとってな。仕方がないのでH村を抜けることにしたのよ」
 「まぁ、じき日が暮れるというのにあんな廃村を?」
 「端っから夜道を行くのは覚悟の上じゃ。しばらくすると日が落ちたんで提灯に火を入れて、誰も住んどらん崩れかけた家々の間を歩いとると横をひどく腰の曲がった老婆がすり抜けて行った。追い越すなりこちらを向き儂の顔をしげしげと見て、ひとつうなずくとまたくるりと背を向け年寄りとは思えん速さで闇に消えてしもうた」
 「まぁ、そんなおばあさんが廃村を一人で?」

 「儂も妙だと思った。不吉な感じがしたんで、ここはひとつ落ち着こうと道ばたの岩に腰掛けて煙管(きせる)を吹かしとった。すると提灯の明かりが近づいて来て、この人が目の前を通り過ぎたんじゃ。一緒に行こうかとも思ったが、だいぶ急いどるように見えたんで儂はゆっくり煙草を吸い終わってから行くことにした」
 「それでどうなったんです?」
 「あと少しで村を抜けるっちゅう所まで来たらうなり声が聞こえての。そっちに歩いて行くと道から外れた一段低い暗渠(あんきょ)にこの人が倒れとったんで連れ帰ったという訳よ」
 「まぁ、気が付いて良かったですね」
 この母の言葉に男は頭を下げた。
 「ありがとうございました。私は山野というもので、父が怪我をしたとの連絡があったので故郷の村に戻っていたところでした」

 「そうそう。あんたに聞きたいんじゃが、なんであんな所に落ちたんじゃ?」
 「はい。村を抜けようと急ぎ歩いていると、一軒だけ灯がともっている家があったんです。その戸口に若い…十六、七くらいの綺麗な女がいて手招きをしました。廃村のはずだがと思いながら『あなたのような人がなぜこんな夜にこんな所におられるのですか?』と尋ねると、『私はずっとここに住んでいる者です。男手が要るようになったので誰か通らないかと待っていたところでした』と言い、手を引かれ家の中に入りました。導かれるまま長い長い廊下を歩いて行ったんですが、外から見るよりも中はずっと立派でした。手の力が強くなったので女に視線を戻すと、引いているのは老婆でした。思わず手を振りほどいて逃げ出すと後ろから追ってきました。必死で家から出た刹那、突然足元に奈落が広がり落ちていったのです」

 「そこに儂が通りかかったっちゅう訳か」
 「はい。本当に助かりました」
 そう言うと山野さんは立ち上がった。
 「もう少し休んでいったらどうか?」
 「おかげでもう大丈夫です。父の容態も気になりますし」
 父母の誘いを丁寧に断るともう一度頭を下げてから出発した。

 「妖(あやかし)もイイ男が良いのかしら?」見送り終えて家に戻った母が思わず口にした。
 父はそれには答えず、ひとつ嚔(くしゃみ)をした。

チョコ太郎より

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※この記事内容は公開日時点での情報です。

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