明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は杣人(木こり)Mさんの話です。
小学校に上がった年、祖母に一冊の本を買ってもらった。
「日本のこわい話」という本だった。
全国の恐ろしい民話・伝説を集めたもので夢中でくり返しくり返し読んだ。
特に恐ろしかったのが「安達が原の鬼婆」だった。
「おばあちゃん、鬼婆っていたのかな?」
「鬼婆? あぁ、安達が原のお話を読んだんだね」
「そう! 伝説に残ってるってことはきっといたんだと思う」
「うん。じゃあ、お父さんから聞いた話をしてあげようね」
祖母は話し始めた。
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秋も深まりつつある頃、父を訪ねて杣人Mさんがやって来た。
土産だと言いながら祖母にアケビを渡し、どっこいしょと縁側に座った。
その声を聞きつけた父が出て来て「よお!」と手を上げると隣りに腰を下ろした。
「先の月、不思議な目に遭うたぞ」
挨拶する間もなくMさんが口火を切った。
「儂(わし)が小屋で休んどるとな、馴染みの薬売りが訪ねて来て、頼み事があるっちゅうんじゃ」
「ほう」
「人のあんまり行かんちょっと離れた山ん中にぽつんと建っとる家があっての。そこに住んどるお婆が木を切りに来てほしいと言っとるんじゃと」
「一つ家(ひとつや。他の家々と離れて一軒だけ建っている家)には鬼が住むと言うが…行ったんか?」
「行った。初めての場所じゃったが迷わなんだ。さんざん山で培った勘があるでの。ものすごい木々に囲まれた家が建っとった。声をかけようとした刹那がらがらと戸が開き、いつから生きとるんか分からんようなしわくちゃなお婆が出て来た」
「それで?」
「お婆は書き付けを渡して、その通りに木を斬ってくれっちゅうた。家を丸〜く囲むように残す感じでな。全部斬り終えたときには日も傾いとった。終わったことを告げると法外ともいえる賃金をくれた。そして言うんじゃ」
「なんと?」
「『このへんは妖(あやかし)が出るから泊まっていけやぁ』とな」
「それでどうした?」
「こんな気味の悪い家に泊まるなんてまっぴらじゃから、明日朝に遠くの村で急ぎの仕事があるからと立ち去ったんじゃが…」
「じゃが?」
「来る時に覚えとった岩やら地蔵やらを目印に進んだんじゃが来た道に辿り着かん。山の形から見て方角も間違っとらんのに辿り着かん。仕方がないので一つ家に戻った。お婆は皺の中でニヤリと笑い、招き入れてくれた。『飯を喰わんか? 湯を使わんか?』と言われたが、丁重に断って隅の方で横になった。眠っちゃいかんと思ったんじゃが、さんざん歩き回った疲れで知らん間に眠ってしもうた」
「何も起こらんかったんか?」
「いや。暁七つ(午前四時)頃にな、『そりそり』っちゅう音で目が覚めた。お婆の部屋から聞こえとる。逃げようか? しかしまた迷うに決まっとるが、ここに居るよりは…迷ったあげくそろりそろりと出口を目指した。戸を開けようとしたときに『待て』とお婆の声がした」
「見つかったんか!」
「おう。振り向いたらお婆が壷と筆を持っておってな、おとろしい顔で目をつむって座れと言う。もう駄目じゃと観念して座ると、お婆が筆で儂の額に何かを書いて『これで良い。さあ行け』と言うた。目を開けるともうお婆はおらなんだ。不思議に思ったが家を出ると今度は来た道に辿り着き、無事戻ることができたんじゃ」
「不思議な話じゃのう。『そりそり』っちゅう音は?」
「なにか墨のようなもんをする音じゃと思う。そしてな、もう一つ不思議なことがあったんじゃ」
「それは?」
「小屋に戻って『額に何と書いてあるか』と弟子に尋ねたんじゃが…何も残っておらんかった」
「書いてあったのはきっと毒(ぶす)…いや醜男(ぶおとこ)じゃろ」
「ぬかせ!」
ひとしきり笑うとMさんは帰って行った。
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「昔はそんなふしぎなおばあさんがいたんだね」
「ふふ。今もいるかもしれないよ」
そう言いながら祖母は本を棚に戻した。
その本は今も時々読み返している。
チョコ太郎より
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