明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学二年生の冬、なぞなぞが流行った。
本に載っていたものは出しつくしたので、皆自分で新しいなぞなぞを考える日々を送っていた。
「おばあちゃん、何かなぞなぞ知ってる?」
考えあぐねて、障子の張り替えをしていた祖母に聞いた。
「そうね…今時のなぞなぞではないけれど、お話ならあるよ」
「え? それ聞かせて!」
「それは私が十歳になるちょっと前、時代は大正…」
張り替えの手を休めると祖母は語り始めた。
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師走に入った朝、杣人Mさんが父を訪ねてきた。
「ちと知恵を貸してくれんか?」
顔を見るなりMさんが言う。
「知恵? とにかくまあ座れ」と父が言う。
面白そうだなと祖母も隣りに座った。
「大工のJ知っとるよな」
「ああ、あの男前で腕もいいと評判の」
「昨日、町であいつと遇うたんじゃが、『どうにも分からんことがある』と相談されてな」
「どんな?」
「仕事でしばらく隣町に通うとるそうなんじゃが、通りを歩いとると頬を真っ赤に染めた十七、八の娘が駆け寄って来てな、書き付けを渡されたんじゃと。えらい別嬪(べっぴん)じゃなとしばらく見とれた後、開いてみると歌が書いてあった」
「別嬪は?」
「そっちが先か! 書き付けを渡すなり、大きな造り酒屋に駆け込んでいった」
「ああ、そう言えばずっと昔からあるな、立派な酒屋が。あそこの娘か。して、どんな歌が書いてあった?」
「『沖を通る帆掛船 寄りそうで 寄りもせず』」
「それだけか?」
「それだけじゃ」
「う〜ん…帆掛船なぁ。あの町には海はないがのう…」
「なんじゃ分からんのか!」
「お前も分からんくせに」
「おほん。Jもだいぶ考えたが分からん。それで遇う人遇う人みんなに聞いとるちゅうことじゃった」
「う〜む」
二人とも腕組みをして黙り込んでしまった。
「お二人で、何を考え込まれているのですか?」
お茶を出しにきた祖母の母にMさんがいきさつを話した。
「まあまあ、この歌がお分かりになりませんか…困りましたね」と母は笑うと一度奥に入り、封筒を持って戻ってきた。
「その封筒に万事書きつけてありますから、Jさんに渡してください」
「さっぱり分からんが、奥さんの言う通りにしてみますわ」
ペコリと頭を下げるとMさんは帰って行った。
それからしばらくして師走も押し迫った頃、大八車を先導してMさんが再びやって来た。
見ると樽酒や餅、米俵に縁起物が山積みにされている。
「どうしたんじゃこりゃ?」
「謎は見事解決、酒屋からのお礼の品よ!」
「解決したのか!?」
「おう! 奥さんのおかげでな」
「いったいどういうことじゃ?」
ちんぷんかんぷんの父に側でにこにこしている母が答えた。
「あの歌は恋文ですよ。『表を通る素敵な貴方、寄ってほしいのに寄ってはくれないの?』という意味の」
「ほえぇ! そうだったのか。それであの封筒は?」
「男連中に任せておいたらせっかくの良い縁も駄目になると思ったので、返歌を書いたんです」
「返歌?」
「『風強く 波高く 寄りとうても寄れもせず』…もしその娘さんのことを気に入ったならこの歌を返すと良いですよと付け加えてね」
「ふ〜む…どういう意味じゃ?」
「やれやれ…『美しい貴女の元へ行きたいが、お店が立派過ぎて近寄り難いです』…ですよ」
ここまで黙ってやりとりを聞いていたMさんが口を開いた。
「奥さんの言う通り。そのおかげで二人は無事祝言を上げることができた。そのお礼にと、めでたい品をこんなに届けてくれたんじゃ」
「こりゃええな! 村の衆にも分けようじゃないか」
「おう!」
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「そして、み〜んなおめでたい年を迎えたんだよ」
「すごい! なぞをといてお宝が」
「二人が無事夫婦になれたのが一番めでたかったけどね」
「でも、なぜ歌でなぞかけしたのかな?」
「そうねぇ…まだまだ女性側からはっきり好きだって言いづらい時代だったのと、自分の想いを込めた歌の意味を読み解いてほしいという女心かな」
「女心かあ」
「分かるの?」
「…ううん」
「まあ!」
笑いながら祖母は障子の張り替えを再開した。
チョコ太郎より
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