續・祖母が語った不思議な話:その陸拾陸(66)「おかえりなさい」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 小学五年生の春だったと思う。

 海辺にある二階建ての古い校舎の中にいた。
 窓から差し込む光はすでに傾き夕刻が近い。
 「ここはどこだろう? いや、そもそも何故こんなところにいるのだろう?」
 そう思いながら廊下を歩いた。
 教室を覗きながら進んだが、どこも空(カラ)だ。
 

 端まで行くと階段があった。
 上の階からはオルガンの旋律とそれに合わせた合唱が聞こえてくる。
 「音楽の授業…みんな一緒に受けているのかな」
 階段を上った。

 歌声の聞こえる教室まで来ると音が止んだ。
 そろそろと戸を開け、覗く。
 誰もいない。
 不思議に思いながら中に入ると床が濡れている。
 据え付けられた古いオルガンも濡れていた。

 なんだこれは? と思ったとき、教室の壁が動いた。
 そこには小さな貝がびっしりと張り付きぷちぷちと音を立てながら蠢(うごめ)いていた。
 後も見ずに教室を飛び出した。
 階段を駆け下り、出口を求めて走り回る。
 奇妙な角度で曲がった廊下を走り続けるが、どこが校舎の端なのかすら分からない。
 気が付くともう日は落ちていた。

 早く出なければと暗い廊下をさらに進むと突き当たりに扉があった。
 開けようとするが鍵がかかっている。
 こっちは駄目だ…戻ろうと振り返ったとき、廊下の先の闇の中から声が聞こえた。

 「おかえりなさい」
 泣いているような笑っているような声だった。

 誰? 初めて来たのに? と思っていると明かりが点いた。
 髪の長い女が立っていた。
 ひと目見て禍(わざわい)だと理解した。
 女が近づいて来た。
 後ろに飛び下がったそのとき、肩をつかまれた。
 「うわぁ〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 叫び声を上げて飛び起きると祖母が肩に手を置き、心配そうに座っていた。
 「チロ(飼い犬)が騒ぐから何事かと見に来たらうなされている声が聞こえてね。大丈夫?」
 ホッとして夢の内容を話した。
 祖母の顔が曇った。
 翌日、祖母に連れられて行った隣町の神社でお祓いをしてもらった。

………………………………………………

 「…ここ、来たことがある…あの校舎だ!」

 つい先日、数十年ぶりに夢の続きを見た。
 奇妙なもので「これは夢だ」という意識を持ったまま出口を探した。
 暗い廊下をおそるおそる進んだがあの女はいなかった。
 どのくらい経ったか分からないくらい長い時間、建物の中を彷徨(さまよ)ったが出口がない。
 それでも進むと以前の夢では見たことのない場所に出た。
 廊下を挟んで二つの扉が向かい合っている。
 右の扉に手をかけたとき、後ろから子どもの声がした。
 「こっちこっち」
 それに導かれるように左の戸を開けると真っ青な海と真っ青な空が広がり、夢が終わった。

 女の言った「おかえりなさい」とはどういう意味だろう?
 何十年ぶりに凶夢を見せたものはなんなのだろう?
 そして出口に導いたあの声は誰だったんだろう?

チョコ太郎より

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※この記事内容は公開日時点での情報です。

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