明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
母が逝った翌年の春、残していった物を整理していた。
ドレメ(ドレスメーカー女学院)卒だった母は洋裁が上手だった。
ミシンに裁縫道具一式、すごい色数の糸…縫いかけの服までがそのまま残っていた。
その中に口の広い大きなガラス瓶があった。
中にはぎっしりボタンが詰まっている。
「懐かしいなぁ。ここにあったのか…」
まだ幼稚園に入る前、ミシンを踏む母の横でこの瓶からボタンを取り出して遊んだ記憶が甦った。
大きさ順に並べる。
素材や色で分ける。
倒れないように重ねて積んでいく。
おはじきのようにぶつける。
毎日のように遊んでいた記憶と同時に、すっかり忘れていた不思議なことを思い出した。
これらの中に特別に好きなボタンがあった。
形は円形、大きさも中くらい、金属を赤黒チェックの布で包んだごくごく普通のボタンだった。
特別だと感じていた理由はただ一つ。
なぜかそのボタンだけ他と比べてあたたかいと感じたからだ。
試しにボタンを全部テーブルに広げ、目をつぶって掌をその上に当ててみた。
あたたかい。
そのボタンはすぐに分かった。
「あれは子どものときの幻の記憶ではなかったんだ…」
言葉にできない一種の感動に打たれた。
「お母さんのボタンかい。懐かしいね」と言いながら祖母がやって来た。
不思議なボタンの件を話した。
「これじゃない?」
驚いたことに祖母はあのボタンをひょいと摘まんだ。
「なぜ分かったの?」
「これはね、あなたのお母さんがお嫁に来るとき持ってきたものなのよ。訳を聞いたらお母さんは『こっちに来るとき私の母から貰ってきたんです。ぬくもりが感じられて、いつも一緒にいるような気がするからと』と少し照れながら話してくれたよ」
「元はもう一人のおばあちゃんのボタンだったのか…他と違って感じられるのはそのせいかもしれないね」
「きっとそうだよ」と祖母は微笑んだ。
二人でボタンを瓶に戻し、仏壇の横に供えると線香を焚いた。
春風が煙を庭まで運んでいった。
「そうだ。来月にはあなたのお母さんが植えた庭のぼたんも咲くよ」
「母さん、花も好きだったね」
チョコ太郎より
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