明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学二年生の夏、祖母が浴衣を縫ってくれた。
「ありがと! これ着て外に行っていい?」
「お祭りは来週だけど…お友達に見せるだけならいいよ」
「うん。おばあちゃん上手だね!」
「そうかい? あ、縫い物に関する話思い出したよ、杣人さんの話」
「聞かせて! 聞かせて!」
「おや、お出掛けは?」
「行かないことにした!」
「あらら」
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祖母が六歳の夏、父を訪ねて友人の杣人Mさんがやって来た。
「不思議なモンを見たぞ!」
縁側に腰掛けると挨拶もそこそこにMさんは父に話しだした。
面白そうだなと茶を運んで来た祖母もMさんの横に座った。
「そんなに不思議なことばかりはなかろう?」
「まあ聞け。きっと『不思議じゃな!』と言うぞ。先月、故郷に帰ったときのことじゃ。久々だったんであちこち顔出したのよ」
「ふん」
「そん中にな幼馴染みのFっちゅうのがおってな。懐かしいなとお決まりの酒盛りじゃ。嫁御はそばで着物を縫っとったが、うとうとしはじめたんで布団に寝かした。それからも飲んでたんじゃが、急にFが黙り込んだ。目を真ん丸にして儂の後ろを見ちょる。そんとき後ろでパタパタと音がしての。振り返ると片袖だけ縫い付けた着物が踊っておった。儂は外に飛び出した。Fも嫁御を抱えて飛び出してきた」
「着物が一人で?」
「おぉ! おそるおそる覗いてみたが、ふらふらゆらゆら踊り続けておった。とても家に戻れないと儂の実家に二人を連れて行った。朝になって戻ってみると着物は動かんようになっとったのでFたちは気の迷いじゃろうと家に入った」
「ほうほう。それで?」
「その日の夕方、二人が真っ青な顔でやって来た。『家の中で見知らぬ女の後姿を見たり、触ってもいないのに物がすぅっと動く。おとろしゅうしてあそこにはおられん』と言うて震えとる。こういうときはお寺さんじゃと儂らは住職を訪ねこの話をした」
「それでどうなった?」
「住職は家まで一緒に来た。中に入ろうとすると家鳴り振動、いろんなものが落ちてくる中あの着物が踊り狂っていた。これが根源じゃと住職が経を唱えると着物はパタリと動かなくなった。それを抱えると寺に取って返し壇を組んで焚き上げをした」
「それで落ち着いたのか?」
「F夫婦は住職に感謝して家に帰った。一件落着と儂もついて行って茶を飲んどるといきなり持っとった湯呑みが吹っ飛んだ」
「終わっとらんかったんか」
「うむ。住職んところへ戻ったが遠方の寺に出かけてしばらく戻らんっちゅうことじゃったので、今度は神社を訪ねて神主を連れて来た」
「ふんふん」
「神主は家が見えるか見えんかのところで『これは私の手に余る』と踵(きびす)を返した。困り果てた二人を連れて儂の家に戻ると婆さまが『何事か?』と聞くので事の次第を話すと〝古池の婆〟を訪ねるのがよかろうと教えてくれた」
「古池の婆?」
「いつから生きているのやら分からんすごい年寄りで、村はずれの古い池の端に一人で住んどるばあさまでな。神隠しにあった子どもを見つけたり日照り続きのときに雨を降らしたり、不思議な力を持っとるっちゅう噂じゃった。さっそく三人で訪ねると向こうから古池の婆がやって来た。『儂を呼びに来たんじゃろ? さあ行こう』と皆を引き連れて村に向かった。Fの家に着くと古池の婆は何か唱えながら右回りに三度、左回りに三度、家の周りを廻り、中に入った。ついて入ると、古池の婆は包みから香炉を取り出しなにやら不思議な匂いの香を焚いた。しばらくすると煙が納戸の方へ流れていく。『ここか』と婆さまが開けるとあの着物の残りの片袖がくるくると回っておった。やはり包みの中から取り出した桐箱にそれを入れると封じ結びを施した」
「それで?」
「しばらくは箱の中からぱたぱたいう音がしとったがやがて静かになった。『袖はな一日で付けんと悪ぃモンが宿るで気ぃつけんとな。これは儂が片付けよう』と古池の婆は家を出た。Fはなにかお礼をと言うたんじゃが婆さまは何もいらんと手を振って帰って行った」
「う〜む。良かったな、片袖か…不思議じゃな!」
「ほら言った!」
ぐいと茶を飲み干すとMさんは満足顔で帰って行った。
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「おばあちゃん、きものってなんだかこわいね」
「あはは、日本の怪談の登場人物はたいてい着物姿だからね」
「うん。このようかいずかんにものっているよ、ほら」
「小袖の手か…確かに着物の妖怪だね。おばあちゃんの怖い話はいやになった?」
「ううん。だいすき!」
祖母は満面の笑みを浮かべた。
チョコ太郎より
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