明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学三年生の夏休み、朝早く祖母と近くの神社の草刈りに出かけた。
石段の登り口は夏草で隠れるくらいだった。
一つずつ根っこから抜いていたが、大物を力一杯引っ張って抜けた瞬間、尻餅をついた。
「大丈夫?」と祖母が近づいてきた。
「平気平気! あれ? これなんだろ?」
尻餅ついたときに右手が何か硬いものに触れた。
見ると直径30cmくらいの丸い石で何かが彫ってある。
「ちから…石…?」
「ああ、力石だね。昔、神社によく置いていてね、鍛錬や願掛けに使ったものよ」
「う〜ん〜重い! 持てないや」
「あはは。さあもう少し草を刈ったら石に関するお話をしてあげる」
「わぁ! 楽しみ」
「私のおじいさんから聞いたお話だよ」
………………………………………………
祖母のおじいさんが二十歳を過ぎた頃、隣りの藩への使いから戻る道で、村人が十人ばかり集まっているのに出くわした。
どうしたのかと尋ねると、今からお祓いに行くという。
「近頃この山で旅人が消えるという出来事が続いとります。二人連れで一人だけ消えるっちゅうこともありまして…残ったもんに何があったか聞くと『山道を歩いとると連れが急に呼ばれとるから行かんといけんと言い出してな。儂には何の声も聞こえんかったんで気のせいじゃろと思うたが、連れはすごい勢いで道を外れて走り出した。後を追ったが途中で見失ってしもうてそれっきりじゃ』と言いました」
「声が?」
「へえ。それで皆で山狩りをしたんじゃがそんな声はせんし、怪しいもんもおらん。でも相変わらず人が消える。ほとほと困っていたら旅姿の巫女さんが訪ねて来て『万事承知しております。人を十人ほど集めて村はずれで待っていてください』と言う。訳が分かりませんでしたが、とりあえず待っておったところです」
「ほう、旅の巫女が。儂も着いて行ってもよいか?」
「へえ。わしらは構いませんですが…あ、あの人です」
見ると大きな荷物を背負い錫杖(しゃくじょう)を突いた若い巫女がやって来た。
話しかける間もなく巫女はおじいさんを見るなり「ついてきてください」と言い、先陣を切ってずんずん山道を進んで行く。
山の中腹にある滝まで来ると巫女は歩みを止め皆を座らせた。
何が起こるのかと村人たちは顔を見合わせていたが、突然その中の一人が立ち上がって叫んだ。
「行くぞ〜行くぞ〜!」その村人は走り出した。
消えた村人の姿も見えないのに巫女は迷わず進んで行く。
しばらく行くと開けた沢のほとりに出た。
そこには一抱えもある石があり、その側にいくつもの骸(むくろ)が転がっていた。
あの村人もそこに倒れていた。
「まだ息がある」
駆け寄った巫女がほっとしたように言った。
岩には何か文字が刻まれているが古過ぎて読めない。
巫女はうなずくと荷をほどき、小太鼓を取り出すとおじいさんに渡した。
「今からこれを滅します。私の踊りに合わせてそれを叩いてください」
そう言うと錫杖を持ち、歌いながら石の周りを舞い始めた。
歌の意味は分からなかった。ただ綺麗な声だった。
半刻ほど経ったとき、石が身震いするように動いた。
その機を見逃さず巫女が錫杖で打つと岩は真っ二つ。
中から獣のようななんとも言えない匂いが広がった。
「助力かたじけのうございました。この石は私の先祖が魔を封じたのです。封印はとても強かったのですが魔物も一筋縄ではいかない奴で、封じたこの石ごと自分の地肉として甦ろうとしていたのです。あの人たちは甦るのに必要な精気を吸い取られたのです。こいつはもう少しでここから他の場所に逃げるところでした。間に合って本当に良かった」
「なぜ儂を?」
「一番若い卯年生まれでしたから」
「たしかに卯年じゃが…」
「私の守り本尊は文殊菩薩。卯年の守り本尊も同じく文殊菩薩。だから魔を断つ力が強まったのです。ありがとうございました」
そう言うと巫女はにっこり笑った。
汗をかいたその顔がとても美しいと思った。
正気に返った村人を連れ、皆のところまで戻ると事の次第を告げた。
村人達の「お礼を」という声を丁重に断ると巫女は去って行った。
後ろ髪引かれる思いだったが、おじいさんも自分の家に向かって歩み始めた。
夏空には真っ赤に焼けた雲が浮かんでいた。
………………………………………………
「村人を集めたのは石の場所を突き止めるためなのかな?」
「だいたいの場所は知っていたようだけど、正確な位置を突き止める為に必要だったんだろうね」
「どうしておじいさんが卯年って分かったのかな…そういえば、この巫女さんって前に聞かせてくれた黒い小屋に出てきた人と関係があるのかな?」
「よく覚えているね。もしかしたら歳を取らない巫女さんで同じ人かも知れないね。さあ、草刈りも終わったし帰ろう帰ろう」
大人になってからふと気になりあの力石を見に行ったが、探し出すことはできなかった。
なんだかとても寂しい気持ちになった。
チョコ太郎より
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