明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学校に上がると毎年地元の夏祭りに参加するようになった。
青い法被を着、黄色い鉢巻を巻くと特別な世界に入ったような気がした。
地域中を大小2つの曳山(ひきやま)を引き歩き、時には走る。
どちらも高さが5mを超え何人も乗り込める立派なものだった
四年生になると曳山に乗り太鼓が叩けるが、それまでは引くばかり。
それでもハレの体験は楽しく、行く先々でジュースやアイスキャンデーを振る舞われるのも嬉しかった。
祭は三日間行われ、終わって帰る頃にはとっぷりと日が暮れていた。
「ここの夏祭りには虫封じと病除けの願いが込められているのよ」
小学二年生の夏、祭りから帰って来て着替えていると祖母が言った。
「へえ〜じゃあ大事なことなんだね」
「そう、大切な神事。こんな話があるよ」
着替え終えて隣りに座るのを待って、祖母は語り始めた。
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祖母が七歳の暑い暑い夏の日。
父の友人の杣人(木こり)Mさんが滝のような汗を流しながらやって来た。
「暑うてたまらん! まずは水浴びさせてくれ」と大きな声で言うと勝手に裏に回り着物を脱ぐ。
井戸から釣瓶で組み上げた水を何杯も浴び、手拭いで体を拭うと戻って来て縁側にどっかりと腰掛けた。
「まったく…自分の家とでも思うとるんじゃないか?」片方の眉を上げながら父はわざと不機嫌そうに言う。
「まあまあ。不思議な話をするから許せ。聞きたいじゃろ?」
「うむむ」
お茶を運んで来た祖母も面白そうだなと、側に座った。
「虎列刺(コレラ)が流行っとるのは知っとるよな」
「ああ。恐ろしいのぉ。ちょっと離れてはおるがK村でも感染者が出たらしいのぉ。この辺りにもいつくるやら…」
「それよ! K村の隣りのO村に先月仕事で行ったんじゃ。そしたら時ならぬ祭をやっとった」
「ほう」
「お客の…ああ、こりゃ山言葉か…オオカミの人形を乗せた曳山をこしらえ村の境界を廻り、辻々で狼煙(のろし)を上げとった」
「どういうこっちゃ?」
「虎(コレラ)よりも強いモン(オオカミ)がおるぞ…ちゅうわけじゃ」
「なるほどな」
「儂も誘われてな一緒に廻ったよ。終わると皆でお清めの…酒じゃ」
「なんじゃ、それが目当てか」
「ははは! それも終わると曳山の飾りをバラして各々が虎列刺除けとして持ち帰った。竹の先に玉を付け銀色に塗ったヤツを儂も一本もらってな、別れを告げるとそいつをぶらぶらさせながら帰り始めた」
「ああ、昔から曳山なんかの飾りによくあるヤツじゃな」
「うむ。それから村はずれの橋にさしかかったときじゃ。渡ろうとすると向こう岸におるんじゃ」
「な、何がおったんか?」
「あ〜、この茶は旨いな。茶菓子があるともっと旨かろうな」
「ええい、菓子でも何でも食わせるから、早う話せ!」
祖母が奥から運んで来た茶菓子をニコニコしながらほおばり、茶を飲み干すとMさんは話を続けた。
「おったのは真っ黒な女…のような形をしたモンが橋の向こう側に座り込んでおる。月の明るい夜じゃったのに、真っ黒で顔もなにも分からん。こりゃろくなモンじゃないとそろそろと橋を渡り横を抜けた」
「それで?」
「そろっと後を振り向くと目の前にそいつが立っとるじゃないか! 心の臓が飛び出すかと思うた。儂は夢中で手に持った飾りを振り回した。それが当たった刹那、そいつはぱらぱらと崩れ風に乗って散って行った。この異変を伝えにゃと村に取って返すと村長の家に行き、事の次第を告げた。村長に連れられ神主んトコに行って同じ話をした」
「それでどうなった?」
「神主曰く『あなたが打ったものは疫神に違いない。これでこの村は祓われました。いやありがたい』ちゅうことじゃった。つまり、儂は虎列刺を退治したのよ」
「ふ〜む。不思議じゃのう。その飾り、持っとるなら見せてくれんか?」
「そう言うじゃろうと思ったが…その前にお茶をもう一杯」
「何杯でも飲め! 飲め! 菓子も食え!」
父の言葉で祖母が運んで来たお茶とお菓子をゆっくり食べ終えるとMさんは言った。
「さて腹もふくれたし、帰るか」
「ええい、飾りはどうなったんじゃ?」
「あ、そうじゃった! あの黒いモンが消えた後に見ると歪み黒ずんでいてな。神主は即座に燃やしてしもうた。もう力はなくなっとったんじゃろう。じゃあな、ごちそうさん」
そう言うとMさんは帰って行った。
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毎年、蝉の声が聞こえる頃に思い出す話である。
チョコ太郎より
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