ある日、目を覚ますと夫が部屋にいません。家中探してもどこにもおらず、スマホは机に置きっぱなし。駐車場を確認しに行くと車がありません。この夫の不可解な行動に胸騒ぎが止まりませんでした。なぜなら、その日は、夫の実弟の命日を終えたばかりだったからです。
夫からの告白
夫とつき合って間もない頃、居酒屋デートを楽しんでいたときです。
「そのうち言うことになるから…」と、夫が突然、神妙な顔つきになりました。ひとりっ子だと思っていた夫に実は弟がいるというのです。
ところが、その弟は3年前に自ら命をたってしまい、悲しんで息子の後を追おうとする母親を落ち着かせ、今日まで大変な時期を過ごしたそう。
表情も変えず淡々と語る夫。しかし、その表情の下には弟を突然亡くした悲しさ、くやしさ、怒りがきっと隠れている…そう思うと私は胸が張り裂けそうでした。周囲に人がいるにもかかわらず、私の目からは、大粒の涙があふれでてきました。
姿を消した夫
夫は普段から帰宅が特別遅くなるときは、必ず「今から帰ります」とメッセージをくれます。夫の仕事は忙しく、平日の帰宅は毎日、私と子どもが寝た後です。
週末は毎週、休日出勤をしています。せっかくの連休も、必ずどこかで出勤する始末です。それでも夫は愚痴や不満を口にはしません。ですが、お腹をこわしたり、普段の疲れた様子から、ストレスが相当たまっていることに気づいていました。
ある日の早朝、目を覚ますと部屋に夫がいないのに気がつきました。「またお腹こわしてトイレにこもっているんだな」と、さほど気にもとめませんでした。ほどなくして長男が
「トイレに行きたい」と、起きて部屋を出ていきました。
その後ろ姿に
「お父さんがトイレ使っているよ」と声をかけましたが、遠くから
「おとうさん、トイレにいないよ~」と長男の声…。
募る不安
家中を探しましたが夫はいません。長男は
「会社じゃないの?」とのんきなことを言って、また寝てしまいました。時刻は5:30。こんな早朝に会社に行くわけがありません。
急いで携帯電話をチェックしましたが、夫からのメッセージはなし。置き手紙のようなメモもありません。いつも家族が寝静まってから帰宅するので、夫が昨夜、帰宅したのかどうかもわかりません。
夫の携帯電話や会社携帯に、電話やメッセージをしてみますが反応はありません。よく見れば、書斎の机の上に携帯電話が二台放置されていたのです。嫌な予感がしてますます焦る私。なぜなら、つい最近、夫の弟の命日が過ぎたばかりだったからです。
そして次に、駐車場を見に行くと車がありません。夫はいつも公共交通機関で通勤しているので、昨夜はいったん帰宅して車で出かけたのだと、わかりました。
ひとまず冷静に
ひとまず冷静になろうと思い、朝食の支度を始めました。それでも、とても動揺していた私は「お義母さんに連絡しようか」「事件事故なら警察から電話がくるよね」などと考えていました。
しかし、その次に頭に浮かんだのは、お金のこと。「家のローン…」「子どもたちの習い事…」などと、頭の中はお金でいっぱいに。とりあえずは、就業時間になったら夫の会社に連絡してみることにして、それまでは、普段通りに過ごそうと決めました。
しばらくした頃、玄関の鍵が開く音が聞こえました。血相をかえて走ってきた私を見て、夫は玄関でつっ立ったまま
「へ? なにごと?!」とびっくりしています。
夫にどこに行っていたのか聞くと、今まで会社に行っていたとのこと。
会社にある自分のパソコンの電源を切ってしまうと、夫は自宅にある自分用パソコンで作業することができない仕組みになっています。その日は在宅勤務だったのに、昨夜、会社パソコンの電源を切って帰社してしまったことを早朝に思い出し、電源を入れに行っていたとのことでした。
「メッセージもなく、携帯電話も置きっぱなしで… どこか遠くに行ってしまうのではないかと心配した!」と夫に猛抗議。鼻息荒く興奮して話す私に
「そんなわけないじゃない。想像力豊かだね~」と夫はあきれ顔。
この塩対応にイラっとした私でしたが、亡くなった弟さんのことを考えるとすぐに気持ちも切りかわり、とにかく「生きていてくれてありがとう」と心の底から思ったのでした。
(ファンファン福岡公式ライター/ダイワ エノ)