【ほっこりする話】転校で仲良しの幼馴染と涙の別れ 3カ月後まさかの奇跡が起こる?!

転校で仲が良い友達と離ればなれになるのはとてもツラいですよね…。私も小学3年生に上がる時に幼馴染と涙の別れを経験しました。ところが、3カ月後にある奇跡が起こったのです! 私の忘れられない転校エピソードについてお話します。

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いつも一緒の幼馴染

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 同い年の幼馴染Aちゃんとは、父親同士が同じ会社。2人とも1歳の時から同じ社宅に住んでおり、毎日どちらかの家や社宅の中庭で遊んでいました。母親同士も仲が良く、幼稚園や習い事のスイミングも一緒。Aちゃんも私もおっとりした性格で気が合ったのでしょう、この時は常にAちゃんがそばにいました。

 小学生になり、クラスは違うものの登下校や放課後は一緒で、変わらず仲良しの私たち。ところが、私が3年生になるタイミングで父親の転勤が決まり、関東地方から関西地方へ引っ越すことになりました。

 転校の話を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、Aちゃんともう遊べなくなるんだ… ということ。知らない場所へ引っ越す不安よりも、Aちゃんと離れ離れになることが何よりも悲しかったのです。
 私は泣きながら
 「Aちゃんと遊べなくなるのイヤだ! 引っ越ししたくない!」と訴えます。そんな私の姿に両親は困惑し、何も言えずにいる様子でした。

 1週間ほど訴え続けましたが、両親からは
 「ごめんね。引っ越しはしなくちゃいけないの」と申し訳なさそうな返答があるばかり。最終的には、夏休みにAちゃんに会いに来ることを両親と約束し、しぶしぶ転校を了承しました。

 Aちゃんの母親いわく、私が転校すると聞いてAちゃんも泣いていたそう。引っ越しまでの1カ月間、私たちはいつも以上に遊ぶ時間を増やし、大切に過ごしました。

 そして引っ越し当日。社宅の前でタクシーを待っている時にAちゃん一家が見送りに来てくれました。Aちゃんは泣きながら、社宅の芝生に咲いているお花と2人の似顔絵を描いた手紙をくれました。その姿に私も号泣。「夏休みに遊ぼうね」と約束して私はタクシーに乗り、後ろを振り返り、見えなくなるまで手を振っていました。

3カ月後に起こった奇跡とは?!

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 新学期が始まり、最初は人見知りしていた私も1カ月ほどで慣れ始めます。しかし新しい友達との学校生活を楽しみつつも、日常生活にAちゃんがいないことに寂しさを感じていました。

 「夏休みになったらAちゃんと遊べる」その約束を励みに毎日過ごしていると、夏休みまで残り1カ月後を切った頃に驚きの知らせが…!
 なんと、Aちゃんの父親も9月にこちらへ転勤することになったのです!! 住むのは道路を挟んで向かいにあるアパートで、2学期からまた同じ小学校。私はぴょんぴょん跳ねながら喜びを爆発させました。私のあまりの喜びように、両親も
 「良かったね!」と笑顔でした。

 そして待ちに待ったAちゃん一家の引っ越し当日。Aちゃん家で再会を果たした私たちは、最初こそ照れて
 「久しぶり…」と手を振り合うのみでしたが、1時間もすればいつも通り。
 「あかん」などの覚えたての関西弁を披露したり
 「近くに駄菓子屋があるから一緒に行こうね!」と約束したりと、お喋りが止まりませんでした。

 離れていたのは3カ月間、私たちはまさかの展開であっさり再会を果たしたのです。

Aちゃんとのその後

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 Aちゃんと同じクラスになり、私たちは喜び倍増。登下校や放課後も一緒に過ごし、この学生生活がずっと続くのだと思っていました。しかし約2年後、私が5年生になる時に、父が再び関東地方へ転勤することになったのです。

 2度目の別れも、涙こそ流さないもののお互い寂しさでいっぱいでした。残念ながら奇跡は繰り返されず、離れたままの私たちは文通で連絡を取り合っていましたが、それも少しずつ期間が空き、中学生になると途切れてしまいました。
 現在は年に一度、親同士の年賀状でAちゃんの近況を知る程度です。

 けれど私の転校で一度離れることになったのに、3カ月後に同じところへ引っ越してくるという驚きの体験のおかげで、今もAちゃんとの思い出はしっかり記憶に残っています。

 Aちゃんと最後に会ってからもう20年も経ってしまいましたが、ずっと大切な幼馴染なのは変わりません。2児の母となった今は、子どもたちにもステキな幼馴染ができるといいな、と楽しみにしています!

(ファンファン福岡公式ライター/坂 真琴)

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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