續・祖母が語った不思議な話:その捌拾漆(87)「笑顔」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 「久しぶり! 元気にしてる?」

 先日、どこで昼食を食べようかと街をぶらぶらしていたら突然後から声をかけられた。
 振り向くと山本という大学のときの友人が立っていた。
 体形は変わっていたが人好きのする笑顔は昔のままだった。
 昼食に誘ったが、急ぎの先約があるとのことだったので後日飲もうと約束して別れた。

 「とりあえず乾杯!」

 2週間後、天神の焼鳥屋でグラスを合わせた。
 会うのは三十年ぶりだったので積もる話もあろうかと気兼ねなく話せる半個室タイプの店を選んだ。
 大学を出てからのこと…結婚、離婚、転職、独立、入院、再婚…山本は波瀾万丈の人生をとつとつと語った。

 「そういえば気味の悪いことがあったよ」
 『祖母が語った不思議な話』を連載していることを告げると山本は突然真顔になった。

 「去年の秋うちの親父…高齢で一人暮らししてたんだけどついに認知症が出てきてね。で、ケアしてもらえる施設を探してたんだ。知らなかったけど、いざ問い合わせてみるとどこも空きがなくて…困っているときポストに特別養護老人ホームのチラシが入ってたんだ。ちょっと離れた場所だったけど親父の好きな海の近くだから行ってみた。建ってから十数年経っているけれど、明るく感じのいい施設でね。まだ空いているのが不思議なくらいだった」
 「へえ、そりゃついてたね」
 「うん…部屋を仮押さえしてもらい必要事項を確認し必要書類をもらって帰ろうとした時、通路の奥で揉めているのに気付いた」

 「揉めごと?」
 「80代くらいの男性が介護スタッフに大声で『この部屋には入らない』と訴えていたんだ。どうやら部屋を変えてくれと言うクレームのようだったんだけど、スタッフと小太りの男…たぶん息子が『部屋は変わったばかりじゃないですか』となだめていたよ。気にはなったけど、あんまり見ているのもと思って施設を出た」

 「それから?」
 「ゲストバッジをつけたままだったことに気づいて受付に返しに行った。さあ帰ろうとエレベーターに乗ったとき、さっきの小太りの男と一緒になった。そこで思わず『お父さん、お部屋が気に入らないんですか』と聞いてしまった。男は『みっともないところをお見せしてすみません』と頭を下げた」
 「そして?」
 「男がちょっと話したいと言うので駐車場の側のベンチに座った。話したいと言ったわりに男がもじもじしているので『トラブルですか? ここにしようと思っているのですが』と切り出してみた。前野と名乗った男は少し顔を曇らせ、話しはじめた。こんな話だったよ」

………………………………………………

【前野の話】
 2カ月前私の父親が一人暮らしが不安だと言い出したので、私もそれがよかろうと施設を捜し、ここを見つけました。父親は3階の角部屋が明るくて良いとそこに入りました。隣の部屋の田丸さんというおばあさんとも気が合ったようで安心してたんです。

 1カ月ほど前、寄ったとき父は部屋にいませんでした。施設内を探して歩いていると田丸さんと二人で娯楽室の端で話しているのを見つけました。こちらに気がついた田丸さんは立ち上がり会釈をすると立ち去りました。父はと見ると座ったままで震えています。真っ青な顔色で脂汗を流しているので何があったのかと聞いたのですが、それには答えず『部屋に戻りたくない! 部屋を変えてくれ!』と騒ぎだして…スタッフを呼んで、なんとか部屋まで連れて行ったのですが、帰ろうとしたら追いかけてきて倒れたんです。
それからちょっとした騒ぎになり、本人の希望に沿うよう同じ棟だけれど今とは反対の北側の部屋に移ることになりました。

 私物を持って新しい部屋に移る父とスタッフの後を着いて行くと廊下の先に田丸さんが立っていました。妙だったのはあれほど気が合っていた父がそちらを見ないように顔を背けていたこと。そしてもっと妙だったのは田丸さん…笑っていたんです。

 新しい部屋で父が眠ったのを確認して帰ろうとしていたら、顔見知りになった入居者の瀬田さんというおばあさんが話しかけてきました。
 『あなた前野さんの息子さんね。お父さんは田丸さんの話をよく聞いてあげていたでしょう。もう遅いかも知れないけれどあの話を聞くと来るのよ。先に入居している何人もからそう聞かされていたので、私たちは田丸さんに近寄らないようにしてたの。お父さんにも教えたんだけど、そんなバカなと聞かなくて…だから見たんだと思うわ』とそう小声で言うと何かから隠れるように足早に自分の部屋に戻って行きました。

 そして今日来てみたら父はまたあんな感じで…酷く怯えているんです。
 少しでも詳しい話を知りたくて瀬田さんの部屋を訪ねましたが、部屋は空っぽでした。スタッフに尋ねると急激に認知症が進行して別の医療機関に移ったとのことでした。あんなにしっかりしていたのに…
 話を聞く? 田丸さんに直接ですか? 僕には無理です…あの笑顔が今も夢に出るんです。
 あなたのお父さん、ここに連れて来ない方がいいですよ。

………………………………………………

 「前野はここまで話すとそそくさと帰って行った。今まで明るく開放的に思えた施設が全く違って見えたよ」
 「それで…お父さんは?」
 「別の施設になんとか入れた」
 「気味が悪いね…最初に決めようとしていたのは何と言う施設?」
 「え〜と…あ! 行こうと思っているね!? 駄目だよ。『君子危うきに近寄らず』」
 「ちぇ! バレたか。うちのおばあちゃんもいつもそう言ってたなぁ。この話、連載に書いてもいい?」
 「あはは。いいよ」
 山本は昔と変わらない笑顔でそう答えた。

チョコ太郎より

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※この記事内容は公開日時点での情報です。

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