續・祖母が語った不思議な話:その捌拾玖(89)「行商人さん」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 幼稚園に通っていた頃から小学3年生になるくらいまで月に2〜3回、実家近辺に軽トラックに乗って野菜や魚の行商人さんが来ていた。
 30歳くらいのイカした女性で、扱っている品もとても安く良いものだったので、皆やって来るのを心待ちにしていた。
 軽トラックを使った簡易ショップに祖母や母と一緒に買い物に行き、横で見ていると「食べなよ」といつもキャラメルをくれる。
 「ありがとう!」とお礼を言うと「またおいで」とニッコリ笑い頭をなでてくれる。
 ただなぜか、その声はひどくかすれていた。

 「あのぎょうしょうにんさん、なんであんなに声がかすれてるのかな?」
 キャラメルを食べ終えて祖母に聞いた。
 「おばあちゃんも気になったから以前、聞いたよ。不思議な話だった」
 「わぁ! ききたいなぁ」
 「本人が皆に話していたから大丈夫とは思うけど…念の為に今度来られたときに確認してからね」
 「うん!」

 それから2週間後、行商人さんがやって来た。
 商品をほぼ売りつくし片付けを終えたタイミングで祖母が「お茶でも飲んでいかれませんか」と家に誘った。
 行商人さんは笑顔で応じた。
 以前聞いた話をこの子に話していいかと祖母が尋ねると「アタシが話したげる!」と語り始めた。

…………………………………………

 【行商人さんの話】
 ちょっと怖いかもしれんけど大丈夫カナ?
 アタシが小ちゃい頃…6、7歳かな、こんなことがあったんよ。
 遊びに出てたんだけど、日が暮れてきたんで家に帰りよったんやけど…
 いつもの通り道を通って、いつもの角を曲がったけど…家がないんよ。
 何遍行き来してもない。
 近所の家に行って戸を叩いたけど誰も出ん。
 暗いは心細いはで半泣きで歩きよったらお寺さんに明かりが灯っているのが見えた。
 近づいてみたら20人くらいがゴザの上に座って、無言でおむすびを食べよるんよ。

 わあ美味しそう〜食べたいな〜って思いながら歩き回ったけど誰も相手にしてくれん。
 しょうがないんで離れたところにあった井戸のポンプで水を汲んで飲んだよ。
 それでちょっと落ち着いたんで少し離れた石段に座っとったら聞き覚えのある声。

 「ここにいちゃいけんよ! はよ戻り!」
 アタシのばあちゃんやった。

 「おばあちゃん、家がないんよ。帰れんのよ!」
 そう言った瞬間、信じられん事が起こった。
 ばあちゃんがアタシを力一杯突き飛ばしたんよ!
 ゴロンゴロン石段を転がるうちに意識が消えて行った。

 次に目を開けると知らん部屋に寝とってね、何人もが心配そうに見守っとった。

 「ああ、気がついた! この子は助かるぞ!」
 白衣の男の人…医者どんが話す方を見たら母ちゃん父ちゃんが立っとったよ。
 お母ちゃんは泣きながら駆け寄って来て抱きしめてくれた。
 横を見るともう一組布団が敷いてあってね。でも空っぽ。
 「おばあちゃんは助からなかったよ…」父ちゃんが残念そうにポツリと言うた。

 何日か前に家族みんなで採った山菜の中にセリと間違って摘んだドクゼリがあって、それを食べたばあちゃんとアタシは危篤になったんだって。
 亡くなったばあちゃんがアタシを見つけてこの世に戻してくれたんやろね。
 ただ、声はこんな風にかすれてしもうたんよ。
 あの世の水を飲んだからかナァ。
 まあでも、命があっただけでありがたいとアタシはずっと思っとう。
 ばあちゃんに感謝!感謝!

…………………………………………

 「もし…もし、おにぎり食べてたらどうなったんだろう?」
 「さあねぇ…世界中に死者の国の物を食べたらこの世に帰れなくなるという話は多いから…」
 行商人さんが帰ったあと、こんなやりとりをしたことを覚えている。

 それから数年後、行商人さんはK町にお店を構えた。
 立ち寄ってみると小さいけれど繁盛しており、旦那さんと二人笑顔でお客さんとやりとりしていた。
 かすれた声が懐かしかった。

チョコ太郎より

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。特に前回の「吉音善女」には多くの感想をいただきとても売れしかったです。これからも「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」といったご希望や感想をお聞かせいただけると連載の参考になりますので、ぜひ下記フォームにお寄せください。

※この記事内容は公開日時点での情報です。

著者情報

子ども文化や懐かしいものが大好き。いつも面白いものを探しています!

目次