續・祖母が語った不思議な話:その玖拾(90)「沈む」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 先日、この連載に寄せられたコメントをチェックしていると「鈴本」という友人からの書き込みがあった。
 中学校以来だったのでとても懐かしく、そこにあったメールアドレスに連絡を入れた後、電話をかけてみた。
 立派な親父声になった鈴本くんが出た。
 挨拶もそこそこに書き込みのことを話すと、最近不思議なことがあったから聞いてほしいと言う。
 
 本人の許可も得たので、ここで紹介しようと思う。

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 【鈴本くんの話】
 「すみません!」
 今から3年前、K駅のエレベーターで地階に降りようとボタンを押したとき、一人の女性が駆け込んで来た。
 毎朝、駅のホームで見かける30代くらいのスリムな女性だった。
 彼女が乗った瞬間、エレベーターはガクッと驚くほど沈んだ。
 不思議だなと思っていたら、「また…」と女性が小さく呟いた。

 「…さっき変な感じしましたよね?」
 怪訝そうな顔をしていたんだろう。降りた途端に話しかけられた。

 「エレベーターのこと…ですよね?」
 「はい。ちょっと…一人になるのが怖いので、少し話を聞いていただけませんか?」と言う。
 何かの勧誘? と警戒しながらも駅の構内にある喫茶店に入った。

 オーダーを済ませ席につくと女性は「田沼」と名乗った。
 運ばれてきたコーヒーを一口飲むと、田沼さんは話し始めた。

 「昨年の9月頃、大学のときの女友達…Jから相談したいことがあるとメールが届いたので飲みに行ったんです。でも相談したいと言った割にはなかなか切り出さない。お店が超満員ですごい喧噪だったということもあって、別の店に行こうということになりました。私が2軒目に電話で予約を入れていると、Jは突然『あ、来た!』と言い、すごい勢いで走り出しました。あっけにとられましたが止めなければと追いかけようとしたその時、車に撥ねられたんです」
 「車に!」

 「『避けろなんて無理ですよ! 突然飛び出したんですから』と車を運転していた中年の男性がオロオロしていました。『私も見ました。何かに追われているように後ろを振り返りながら道路に飛び出しました』『救急車! 救急車は?』『もう呼んだ!』あたりは騒然としています。Jは頭から血を流し倒れていてピクリともしません。そうこうするうちに救急車が到着しました。一番近い救急病院に運ぶというので私も同乗しました。ただ、病院に着いたときにはもう息がありませんでした」

 「それは…残念でしたね」
 「はい…。そして、初めてアレが起こったんです。病院から帰ろうとエレベーターに乗ったんです。ドアが閉まる寸前、ガクっと沈みました。もちろん私以外には誰も乗っていませんでした」
 「さっきみたいな…」
 「はい。気のせいかと思っていましたが、それからも時々起こるようになりました。先日は洗面所で手を洗っていると、誰もいない隣の洗面台の蛇口から突然水が流れ始めました。これはおかしいと思いお祓いをしてもらいました。それで大丈夫かと思っていたのですが…たぶんあのコが…」

 ここまで話すと田沼さんは突然立ち上がり、「そうそう。行かなきゃ」と喫茶店から走り出していった。
 慌ててお金を払って後を追ったけれど、もうどこにもいなかった。

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 「何かが宿主を代えたみたいな感じだね」
 話を聞き終えて感想を述べると鈴本くんが言った。
 「気になることが二つあるんだ。一つはその日から田沼さんを全然見かけなくなったこと。もう一つは三日前…いつもの駅のエレベーターに一人で乗った瞬間、ガクッと沈みこんだこと。まさか…着いてきたのかな?」
 続報を約束して鈴本くんは電話を切った。

 「先の戦争のとき、重傷の兵士を膝に抱えていると、亡くなる瞬間“フっ”と軽くなったという話を多くの人から聞いたよ」
 …子どもの頃、「魂には重さがあるの?」と聞いたとき祖母がこう答えたことを思い出した。

チョコ太郎より

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけると連載の参考(とモチベーションアップ!)になりますので、ぜひ下記フォームにお寄せください。

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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