私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
祖母が八歳の夏、村に母娘の門付がやってきた。
家々を訪れて歌や芸を行い金銭をもらう門付は、その頃でもすでに珍しかった。
母親が弾く三味線に合わせて娘が歌うのだが、とても上手で皆喜んでお金をはずんだ。
興味を持った祖母が追いかけて行くと二人は神社の境内で昼食のおにぎりを食べていた。
祖母は家に取って返し井戸からくんだ冷たい水を水筒に入れると二人に届けた。
母親はとても喜び、祖母と同じくらいの年格好の娘も微笑みながら頭を下げた。
昼食を終えるとお礼にと一曲演奏してくれた。
初めて聞くのに懐かしいような心惹かれる歌だった。
それから母娘はまたあちこちの家を訪ね、演奏して回った。
祖母もずっとついて行った。
日が陰り出した頃、村でも裕福な持田家に入って行った。
入口で一曲演奏した後、母親が何か言うと奥から主人が出て来た。
しばらくのやり取りの後、突然主人が怒り出し二人を追い払うのが見えた。
母娘はそのまま村を出ていこうとしたので祖母は何があったのか訊いた。
「今夜あの家におったらいけん」
娘はぽつりとそう言った。
後ろ髪を引かれるような気がしながらも家に帰ると、例の主人が来ていた。
「あの門付、縁起でもない事ばかり言いやがって! 追い出してやった」
祖母の父親相手にえらい剣幕で話していた。
主人が帰った後、門付の娘が言ったことを話すと父親は眉をひそめ、どこかに出かけた。
戻った頃にはもう真っ暗になっていた。
その夜、昼間の事が気になって眠れずにいた祖母の耳に半鐘の音が飛び込んできた。
起き上がってみると父母ともいない!
外に出ると持田家の方が明るくなっており、風は焦げた匂いがする。
走って行くと、多くの村人が消火に当たっていて、もう収まりかけていた。
実は祖母の父親が「今夜M家で何か凶事があるかもしれん。気をつけておいてくれ」と皆に伝えており、それが幸いして早くに消し止める事ができたのだった。
「門付の母娘が教えてくれなんだら大事(おおごつ)しとったなあ。あの二人のおかげじゃ」
皆に礼を言っていた持田家の主人に祖母の父がそう言うと、主人は大きく頷いた。
翌朝早く主人は近くの村々を回って二人を探したが、もう立ち去った後だった。
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「その子が歌ってくれたのは、今まで聞いた中で一番美しく、そして少し哀しい歌だったよ」
そう言うと祖母は目をとじた。その歌を思い出しているようだった。