久留米シティプラザ(福岡県久留米市)では、独自の視点で時代を捉えた意欲的な映像作品をセレクトし、「知る/みる/考える 私たちの劇場シリーズ」として上映しています。その第6弾が石原 海監督作「重力の光:祈りの記録篇」。11月30日(土)と12月1日(日)に同施設で上映されます。
映像界で注目される石原 海監督が北九州市に住んで撮影
愛、ジェンダー、個人史と社会を主なテーマに映像制作をしてきた石原 海監督が、困窮者を支援するNPO法人抱樸(ほうぼく)の奥田知志さんが牧師を務める東八幡キリスト教会(北九州市八幡東区)に集う人々と聖書劇を創作する日々を記録。「重力の光:祈りの記録篇」は、人間の「生」の姿に迫りながら、フィクションとドキュメンタリーの間でそっと光を指し示す作品です。
福岡市美術館(福岡市中央区)では12月15日(日)まで開催中の企画展「あらがう」内で同作品のインスタレーション版を展示上映中で、10月末に来場していた石原監督に作品について話を聞きました。
【重力の光:祈りの記録篇】
元極道、元ホームレス、虐待被害者、生きる意味に悩む人。困窮者支援をする北九州市のキリスト教会に集う、傷ついた愛すべき「罪人」たち。彼らが演じるキリストの受難劇と彼らの歩んできた苦難と現在の物語を交差させたドキュメンタリー。第1回福岡アートアワード(2023年)優秀賞受賞。
【監督:石原 海】
1993年東京都生まれ。アーティスト/映画監督。愛、ジェンダー、個人史と社会を主なテーマにフィクションとドキュメンタリーを交差させた作品を制作。初長編映画「ガーデンアパート」が第15回資生堂アートエッグ入選(2021)。東京藝大の卒業制作「忘却の先駆者」がロッテルダム国際映画祭に二作同時選出(2019)。英BBCテレビ放映作品「狂気の管理人」(2019)を監督。英国の現代美術賞Bloomberg Contemporary入選(2019)、現代芸術振興財団CAF賞岩渕貞哉賞受賞(2016)など。
元野宿生活者など教会で出合った人々が演じ、人生を告白
―まずは「重力の光:祈りの記録篇」の紹介を簡単にお願いします。
今は英国のロンドンに住んでいますが、 その前に北九州市に3年間住んでいました。その時に作ったのがこの「重力の光:祈りの記録篇」です。元々東京出身ですが、いろいろあって北九州に移り住み、八幡東区にある東八幡キリスト教会に通うように。そして同じようにそこに集う元野宿生活者だった人たち、牧師さん、教会を手伝っている人などで、聖書の受難劇、キリストが十字架にかけられて生き返る場面を演じています。さらに演劇と演劇の間に、みんなの人生のについてのインタビューというのか、 ある種告白のようなものを織り込んでいます。
―同作は大変評価され、福岡市美術館の所蔵にもなりました。これを撮ろうと思ったきっかけは。
実は、聖書をちゃんと読んだことがなくキリスト教についてもあまり知らなかったのですが、 北九州市に越して、あまりにも暇で日曜日に教会に行くようになって。すると、だんだん聖書に惹(ひ)かれるようになりました。元々、結構辛いことが あって北九州に行った自分にとって、聖書の「弱いほうがいい、傷ついている方がいい」とされる世界というか。
また、教会には普通に元気な人はあまり来ない。元気な人は日曜にもっとやることがいっぱいあるんです。来るのは本当に傷ついている人、自分のやってしまった罪とか、逃れられないものがある人が集まってるんだなって。それが面白いと思って作り始めました。
―出演者は9人。登場人物について少し教えてください。
キリスト役はきくちゃんという人で、 刑務所に7回入って人生のほとんどを刑務所での中で過ごした人。きくちゃんとの出会いが結構大きく、 教会に行き始めてすぐ、みんなで飲んでいる時に大げんかになり、きくちゃんと(私が)泣き合って殴り合うぐらいのけんかをして仲良くなって。元々ヤクザというかそういう生活をしていたから、刑務所から出てきた後、足を洗っているのに働ける場所や住める場所、受け入れ先がなくて野宿生活をしなきゃいけなかった。それでこの教会に来ていた人です。
人それぞれいろんな理由があって路上生活をしていたり、精神的な病気になってしまったり。世の中、自己責任と言ったりもしますが、私は社会や政治の責任が大きいと思っています。そんな中、例えばこの教会だとホームレスの支援活動をしていますが、私の場合は、いろんなことがあった人の人生を語る作品を撮って多くの人に見てもらうのが自分にできることだと考えています。
―ほかの出演者も印象的で、インタビュー場面はとても率直でストレートな言葉でした。どうやって作っていったのですか。
私が1年くらい聖書の勉強をして大枠を作り、その後はみんなで語り合いながら作りました。聖書の解釈ってそれぞれ違うから、これはこうした方がいいんじゃないとか、こっちはこう変えようとか、そういう話し合いをしながら進めました。そして撮影期間中の稽古してる時に、稽古終わったら「じゃあ今日は誰々さん」みたいな感じでインタビューしていきました。
―劇中の舞台の演出もされているわけですよね。
そうですね。ただ、教会に2、3年通い詰めていたので、私が「演出家です」とか「監督です」とかそういう感じではなくて、なんなら私も傷ついていたことがあって教会に流れ着いたところがあるので、私もみんなの1人という感じで、同じ土俵で一緒に作り上げました。
礼拝には毎回50人ほど来られていて、たまに来られる方などを含めると100人近くいると思うのですが、その中で個人的な関わりができた人に声をかけました。けんかしたり、飲み友達になったりの関係(笑)。私の創作活動の中心は映像を撮ることですが、やはり人と関わる手法が面白いなと思います。特にプロじゃない人と一緒に作り出す感じが。
―確かに、いわゆる俳優さんが演じているのとは違う別の魅力があります。
ドキュメンタリーのような形で撮るのは難しいかもしれないと思っていたのですが、キリスト教や聖書が私たちをつなげてくれる接着点になったのかなと感じます。そこで、飲んだりけんかをして密接に仲良くなって、お互いが1人の人間として付き合うようになったことで「映画を作れるかも」という気持ちになっていきました。
―皆さんに会ったのが教会だったというのが大きかったんですね。
教会って、みんなの辛さを結構むき出しで語ることもあるから、そういうのに触れて他人に興味を持つようになるというか、他人を愛するようになるというか。私自身がその経験をした場所が教会であり、北九州だった。人間が変わった場所です。
さまざまな人々の「生」を、目の前の人に届けていく
―タイトルの重力の光というのは、どこから。
シモーヌ・ヴェイユというフランスの哲学者の「重力と恩寵(おんちょう)」という著作があるんですが、そこからきています。私の場合、恩寵とは神の恩寵であり、光なんじゃないかなと。それはなぜかというと、日曜の礼拝で、大体は牧師さんの話を聞いているだけなんですが、例えば、自分が誰かを傷つけてしまったなとか、つらいことがあったりした後に行くと目をギュッとつぶって祈る時間がある。すると、さっきまで見えていた光がまぶたの中に見える。それは人間の体の構造なのか、神の恩寵なのか、なんなんだろうと。そのお祈りをした時に見える光をイメージして画面に映し出しています。
―監督はキリスト教徒ですか。
思想的には、キリスト教やイエスを信じていて、かなり影響を受けていますが、洗礼は受けておらず、キリスト教徒ではありません。洗礼を受けようかと思っていた時期もありましたが、クリスチャンになったら、クリスチャンじゃない人の側になれなくなるというか。やはり何か作品を作る時に、輪に入れない人たちのことをいつも考えているので、自分が何かの輪に入っちゃいけないみたいな気持ちが、ちょっとあって。
シモーヌ・ヴェイユも、思想をかなりキリスト教から影響を受け、牧師のもとで学んだりもしていますが、最後までクリスチャンにはならなかった。ヴェイユも「もっと外側にいる人、もっと苦しんでいる人、もっと仲間がいない人たちのための哲学」と話している。その影響もあって、クリスチャンは素晴らしいことだと思いますが、なるべく外側でいたいという気持ちがあります。作品を生む上で、どこにも属さないことは重要なのかなと思っています。
―撮影中や完成後、出演者に何か変化がありましたか。
撮影が終わった時や映画が完成した時に、出演者のカンナという女の子に「毎年やろうよ」と言われたのが一番うれしかった。それぐらい楽しんでもらえてよかったと、すごく印象に残っています。毎年は無理かもしれないけれど、その教会は大切な場所だから、 何年後かに続編をやりたい。それがいつになるかは分かりませんが、「重力の光」っていうタイトルも、「トラック野郎」みたいな感じで、○○編とかで(笑)。
―シリーズも楽しみです。監督がほかに感じたことなどあれば。
以前は自分の作品を100年先にもずっと残せたらいいな、などと考えていたんですが、北九州や教会に行くようになり、「重力の光」を撮影したことですごく変わり、最近は作品を残していくことより「目の前の人に届けたい」と思うようになりました。将来には残らないかもしれないけれど、残るとか残んないとかどうでもよくて、私がやるべきことは「目の前の人に届けていく」という作業。これを続けていきたいなと考えています。
―久留米シティプラザでの上映でも、多くの人が彼らの人生を見ることになりますね。
実はまだ久留米市に行ったことがないので、早く久留米にも行きたいです。九州が大好き。北九州に帰ると「おかえり」と言ってくれて。まだロンドンでの作品制作がありますが、早く戻って来たいです(笑)。
「知る/みる/考える 私たちの劇場シリーズ」 vol.6
石原 海「重力の光:祈りの記録篇」
日時:11月30日(土)、12月1日(日) 14:00(13:30開場)
場所:久留米シティプラザ Cボックス(福岡県久留米市六ツ門町8-1)
※12月1日は終演後にシアターカフェを開催。「重力の光:祈りの記録篇」の鑑賞者を対象に、鑑賞を経て思ったこと考えたことをシェアします
料金:一般1,500円、U25(25歳以下)1,000円 <当日券あり>
※U25チケットは入場時要証明書提示
※未就学児の入場不可