本屋大賞を受賞した人気作家、町田そのこさんの最新作「ドヴォルザークに染まるころ」(光文社)が11月下旬に刊行されました。物語の舞台は、廃校を控えた小学校の秋祭りの一日。連なった五つの短編小説では、同じ時間帯に交錯する主人公たちのそれぞれの葛藤や人生が精緻に描かれています。福岡県在住の作者・町田さんに、新刊に込めた思いなどをインタビューしました。
物語の舞台は、廃校を控えた小学校の秋祭りの一日
―今回の新刊は小学校が舞台です。どういう経緯で着想を得たのでしょうか。
私の母親が数年前、「自分の通っていた小学校が廃校になる」と感傷に浸っていたのがきっかけです。なんとなくそのことを覚えていて、廃校を巡る一日というのを、いろんな人の視点から浮き上がらせたいなと考えていたのですが、漠然といつか書ければ、という感じでした。それで短編連作の話をもらった時、じゃあ書いてみようとなりました。
―モデルは九州にある学校だと聞きました。
北部九州にある学校かなと思って書きましたが、ここだ、とどこかに決めて書いているわけではありません。地方の閉塞感を出すには方言というアイテムや、地域の風習があった方が想像しやすいだろうというのがまずありました。日本の地方のどこにおいても女性たちが共通で感じる息苦しさがあると思う。作品を読んだ北海道の方や、東北のファンも「方言は違うけど、すごく分かる」と言ってくれました。地方の状況を丁寧に書きたかったので、たまたま地元っぽくなった。地元が嫌いだ、悪く書こうという気持ちはさらさらありません。
―一方で、北部九州の実在の地名も出てきて、地元への愛着も窺えます。
もちろんです。愛を込めて書いています。本の帯にも「愛おしさ」とあるように(笑)。
―全5章で構成されていますが、どういう作品作りだったのでしょうか。
私はプロット(物語のあらすじや企画)をあまり立てない方で、今回もごくわずかに2~3行の「こういう人を書きます」とかしかやってない。でも、1章を書いていると、2章の主人公はこの人だな、次はこの人かな、って見えてくるものがあるんですよ。書いていると、書きたいもの、書かなければいけないものが見えていく感覚です。
今回も見えてきた、見えたと、全5章を書いて雑誌に掲載までされたのですが、本として刊行するに当たり、最後の第5章が気に入らず、私の書きたいものはこうじゃない、伝えきれてないという気がして、5章だけは全部ゼロから書き直して、新しい一編にしています。書き下ろし、ということです。
―「ドヴォルザークに染まるころ」で読者に伝えたかったことは何でしょう。
自分の人生や、置かれた状況に不満を抱いている人は多いと思います。作品の中で描かれる「男尊女卑」のようなことに直面しながら、生きている人もいるでしょう。そういった毎日を送っている人たちが「明日も頑張って生きてみよう、私、闘ってみよう」と少しだけ前向きになれるよう、背中をちょっとだけ押してあげる作品にしたいと思って書きました。「これで人生変わった」とかではなくて、ほんのちょっとのやる気が生まれたり、私だけの痛み、苦しみじゃないのだと思ってもらったりしてもらえれば、という気持ちですかね。
―第1章は「檻」がテーマです。
それぞれが自分を何らかの「檻」の中に入れていて、そこから出られない苦しさがあると思うのです。1章は特にそうだし、2章の女性も実はそう。悩みを「檻」という言葉に言い換えているのかもしれないが、抜け出せるのは自分の考え方一つじゃないかなと思って書きました。
―全体的に、特に女性の中のくすぶる悩みが描かれている気がします。
例えば3章で登場する「先生」は最初、男性で書いていたのですが女性でもいいだろう、語り手も女性でいこうと、女性に振り切った感があります。一方で、男性の読者からしてみれば、自分の妻や母親、娘がもしかしたら感じていることかもしれない、と想像してもらえるかもしれません。自分のそばにいる人のことを考えながら読んでほしいです。
―読み進めると、物語の舞台「かなた町」や登場人物たちがいろんな視点で見え、立体的に浮かんでくるように感じました。
そう感じてもらえるよう、試行錯誤しました。1章でこう見えていたこの人が、別の章では嫌な人物に見えるとか。周囲からうらやましいと思われている人物が、家では想像もつかない悩みの中で生きているとか。そういうのを章が変わるたびに、「あれ」って思ってほしいなというのがありました。
―来年2月にも新刊を出すそうですね。
殺人事件の話です。事件記者がその事件を追っていく、犯人に迫っていくというものです。初めてのサスペンスものなので、こちらもぜひ期待して頂ければと思います。
―今後はどういう作品を書いていきたいですか。
これまで自分が書いたことがないものを書きたいと思っています。例えばホラーとか、恋愛とか。この人にはこのジャンルは書けないだろう、とは思われたくない。でも、時代小説だけは無理かな(笑)。なるべく、なんでも書ける作家になりたいです。いつも同じだと思われたくないですから。