幕末から現代にタイムスリップした侍が、時代劇の「斬られ役」として生きる道を選び奮闘する姿を描く「侍タイムスリッパー」。自主製作映画として8月中旬に東京・池袋の映画館で単館上映されたところ、その面白さが話題に。9月初めには全国62館での上映が決定し、その後も異例の上映館拡大を続けた大ヒット作品です。脚本、撮影、編集などを手がけた安田淳一監督と助監督を務め作中で時代劇撮影所の助監督・山本優子を演じた沙倉ゆうのさんが12月23日、福岡市博多区のユナイテッド・シネマ キャナルシティ13に来館。両者に本作にまつわるエピソードや作品の魅力などを聞きました。
“この機会を逃すと撮れない”と感じて撮影開始(安田監督)
―本作は東映京都撮影所から救いの手が差し伸べられ撮影がスタートしたそうですね。
安田 2021年元日に(出演をオファーしていた)“日本一の斬られ役”福本清三さんが亡くなり、コロナ禍で企業からのサポートが途絶え、製作資金が厳しい状況でした。22年5月に東映京都撮影所から「撮影所に来てほしい」という連絡を受け、訪ねてみると名プロデューサーの進藤盛延さんをはじめ関係者が集まっておられました。美術担当の方が「自主映画で時代劇を撮ると聞いたら全力で止めるんやけど、この脚本は面白いから何とかできないかと思うてる」と言われて、いろいろ資金を抑える提案をしてくれたんです。さらに進藤さんに「自分はこの年末で退職やで」と言われたこともあり、“この機会を逃すと撮れないな”と思い、撮影を進めることにしました。
―安田監督が代表を務める未来映画社では3作品の映画を製作されています。本作は時代劇がモチーフになっていますが、映画づくりで重点を置いていることは。
安田 「拳銃と目玉焼」(14年公開)はヒーロー、「ごはん」(17年公開)では米作りがモチーフです。映画をつくるときは、対象となるモチーフが大事にしているものは何かをしっかり調べ取材して、自分の中に取り込んで形にしたいと思っています。今作では自分が見てきた時代劇の記憶のほか、撮影所で話を聞き込み、撮影中も殺陣師の意見を尊重し、時代劇に誠実に向き合って構築していこうという思いを強く持っていました。
―監督自身の時代劇の記憶というと、どんな作品に影響を受けられていますか。
安田 映画では黒澤明監督の「椿三十郎」や「用心棒」がすごく好きです。そして僕らの世代はテレビ時代劇で育っているので(テレビ時代劇にも)好きな作品がたくさんあります。勧善懲悪の分かりやすいストーリーラインがあって、市井の人たちが無私の気持ちで助け合う姿が描かれている。山田洋次監督の「男はつらいよ」にも通じると思います。
主人公を応援したくなるのが安田監督作品の魅力(沙倉さん)
―安田監督の3作品に出演されている沙倉さん。監督の作品や監督自身の魅力とは。
沙倉 これまで撮られた3作品とも、主人公が誰からも愛され応援してもらえる人物像です。監督も「応援したくなる人物じゃないと(見る側が)感情移入できない」と言われていて、みんなが主人公を応援したくなる映画というのが魅力です。それと“面白い映画だったな”と気持ちよく見終えられる作風も好きです。監督自身はこだわりが強い人で、自分の頭の中にある映像になるまで何度でも、翌日に持ち越しても撮り直すタイプ。全てに妥協しないところが信頼できます。
―本作の脚本を最初に読んだとき、どんな印象を受けましたか。
沙倉 実は、安田監督の作品で初めて脚本があったんです。過去2作品は監督の頭の中に脚本があるだけで、その日に撮影する分をもらっていたんです。でも今回の作品は時間もお金もかかるということで事前に脚本が出来上がっていて(笑)。初めて読んだときは、侍としての思いが凝縮されているラストシーンに涙が出ました。そして1回読んだだけで全体がイメージできる分かりやすい脚本でした。
―本作には出演しスタッフとしても関われていますが、何か発見がありましたか。
沙倉 共演の俳優の方々を見て影響を受けました。(主演の)山口馬木也さんは「できる限りうそがないようにしないと演じるのが恥ずかしい」と言われてましたし、多くの俳優さんそれぞれのお芝居の仕方を間近で見られたのが勉強になりました。スタッフとしては小道具も担当しました。プロの小道具担当の方に脚本のシーンごとに何が必要かをリストにしてもらって、(私が)前日に準備して撮影が終わるとまた次の日の準備をするという感じで。スタッフの皆さんが朝早くから夜遅くまで仕事しているのは知っていましたが、実際にやってみるととても大変でした。
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【ストーリー】
タイムスリップした幕末の侍が目覚めたのは、現代の時代劇撮影所!
会津藩士・高坂新左衛門が長州藩士と刀を交わしたそのとき、夜空を切り裂くような稲光が放たれ雷鳴が響き渡った。やがて高坂が目を覚ましたのは、現代の京都の時代劇撮影所。困惑した彼はさまざまな騒ぎを起こしつつも生活を続ける中、命を懸けて守ろうとした江戸幕府が滅亡したと知り落胆する。一度は死を覚悟した高坂だが、心優しい人々に支えられて元気を取り戻していく。そして磨き上げた剣の腕を生かし時代劇の「斬られ役」として生きる決心をする。