新・祖母が語った不思議な話:その壱(1)岩見と蜘蛛「昇る」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編の連載終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え、感謝を込めて第3シリーズ開始です!
 第一話に、そして年の初めにふさわしい話をどうぞ。

 「あの山火事は厳しいな。ずっと雨が降っておらんので、からっからに乾いた冬の木々に次から次へ燃え広がっておる。わが藩からもかなりの人数助っ人を出したが収まるどころか、火の手は広がるばかりだ」

 隣りの藩との間で起こった山火事を調べに行った岩見が、家に着くなり珍しく険しい顔でつぶやいた。

 「あそこには…山田村がありますね。村人たちは避難しましたか?」岩見の頭に付いた煤(すす)を払いながら蜘蛛が訊く。
 「それが誰一人逃げずに必死で火を消しとるのだ。それでも火の勢いは止まらず皆かなり疲弊しているようでな…このまま収まらなかったら無理にでも避難させることになるだろう」
 「そうですか…なんとかしてあげたいけれど、あたしも水妖じゃないから大火は難物で…」
 「うむ。明日はもう少し人数を増やして火消しに行ってみるか。しかしよりにもよって大晦日にえらいことが起こったものだ」

 そのとき、誰かが戸を叩いた。

 「すみません。すみません」
 女の声だ。

 岩見が戸を開けると髪の毛まで真っ白な若い女が夕陽を背負って立っている。
 「何用かな?」と尋ねるが、困った様子を見せるだけで何も言わない。

 「あん? あんた山田の白蛇かい? 久しぶりだね! で、どうしたんだい?」
 「姐さん、お願いですから話を聞いてください」
 女は駆け上がり蜘蛛に抱きつくと泣きながら言った。
 「分かった、分かった。話してみな」
 「ありがとうございます…でも…」
 「あ、あのお侍かい? 岩見様といってちょいと鈍いけれど悪い人じゃないから大丈夫」
 「姐さんがそう言うのなら…」
 座りなおすと女は話し始めた。

 「山田で起こっている山火事のことはご存じかと思います。村の人たちも老若男女、全員で火を消そうとしていますがなかなか収まりません。日が暮れて火消しが一旦中止になった頃、あちこち火傷(やけど)をした村人たちが、そろって私の住む池に来て言うんです」
 「なんて言ったんだい?」
 「『龍神様、このままでは村は丸焼けになり皆よそへ移らなければならなくなります。儂(わし)ら、この村が、この山が、この池が好きです。どうか雨を降らせて山火事を収めてください』と祈るんです。子どもたちまで小さな手を合わせて一生懸命『りゅうじん様、りゅうじん様』と拝むんです」
 「あんた雨なんか降らせられるのかい?」
 「姐さんに世話してもらいあの池に住んで二百年、水を操る術は身につけました。けれども徳が足りなかったのか空に昇れず、龍にはなれませんでした。空さえ飛べれば雨を降らせられるのですが…何か方法はないものかと訪ねて来ました」
 「空か…よしっ、あたしに任せな! 岩見様、ぼうっとしてないで投網(とあみ)を探して来てください、とびきり大きくてとびきり丈夫なやつを十枚。今すぐ!」
 そう言うと蜘蛛は飛び出して行った。

 「今すぐ? 投網十枚?」首を捻りながらも女に待っているように告げると岩見も出て行った。

 それから一刻(約2時間)、なんとか投網を入手した岩見が戻ると蜘蛛と女の隣りにもう一人真っ黒な着物の女が座っていて、岩見の顔を見るなり婉然と微笑んだ。

 「待ちくたびれましたよ! こっちの姐さんは天鼠(てんそ)っていうあたしの古い友人、助っ人をお願いしたのさ。さあ善は急げだ!」

 蜘蛛を先頭に四人は山田村の方に向かった。
 暗い山々の中でそこだけが赤々と燃えている。

 「さあ、この辺でおっ始めようじゃないか」
 山裾まで来た時、蜘蛛が言った。

 岩見が広げ重ね、結びつけた投網の上に女が座ると、その姿は見る見る大きな白蛇に変わった。
 それを見届けた天鼠と呼ばれた女が美しい声で歌い始めた。

 「あいかわらずいい声だねぇ」蜘蛛は感心している。
 岩見も歌に気を取られていたが、ふと見ると投網に黒いものがたかっている。
 いつのまにかやって来た蝙蝠(こうもり)の群れだった。
 蝙蝠は一斉に羽ばたくと白蛇を乗せた投網を山田村の方角に運んで行った。

 しばらくすると山のあちこちから水柱が立ち昇った。
 水柱は幾本もより合わさって巻き上がっていく。
 空中で大きく円を描いたかと思うと辺り一面大雨になった。

 「すごいもんだな」思わず岩見がつぶやくが、蜘蛛の表情は曇っている。
 「ええい、悔しいねぇ…あと少し、あと少し足りないよ」

 その時、雷が光った。
 そこに映し出されたのは大きな龍!

 「やっと来てくれましたか。間に合って良かった」と天鼠が微笑む。
 「これはあなたが?」
 「はい。私の子どもを使いに出しました。龍神様が重い腰を上げてくれたようです」
 

 それから半刻(約1時間)ほどであれほど燃え盛っていた山火事は見事に鎮火した。
 投網に乗って白蛇も戻って来た。
 あちこち焼けているが晴れやかな顔で。
 
 「ありがとうございました」女の姿に変わると皆に頭を下げた。
 「良かったねぇ。これであんたも龍になれるんじゃないのかい?」
 「天に昇って龍になる…それが夢でしたが、今は違います。私はずっとあの池に住んであの村を見守っていきます。あの池が、あの山が、あの人たちが大好きだから」
 「そうかい、それも良いね」と言いながら蜘蛛が女の頭についた煤を払った。
 「天鼠の姐さま、岩見様、ありがとうございました。村人が心配なので失礼いたします」と白蛇に姿を変えると山の中に消えていった。
 「そろそろ夜も明けそうなので私たちはお暇(いとま)させていただきます。ご機嫌よろしゅう」と天鼠と眷属(けんぞく)は黒い雲になって飛び去った。

 「さて、帰るか」
 「雨もやみましたね。あっ岩見様、初日が昇りますよ!」
 「おお、見事だな。これで皆、無事に新しい年が迎えられるな」
 「そういや今年は巳年ですね。こいつぁ春から縁起がいいね!」
 「うむ。今年もよろしく頼む」
 「はいな!」
 岩見と蜘蛛は笑いながら帰って行った。

チョコ太郎より

 あけましておめでとうございます、チョコ太郎です!今回、新春第一弾として新作をお届けしました。「新・祖母が語った不思議な話」は1月後半より連載を本格スタートします。この話を読まれた感想や「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」といったご希望をぜひお聞かせください。一言でもOKです!下記フォームよりお願いします。

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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子ども文化や懐かしいものが大好き。いつも面白いものを探しています!

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