新・祖母が語った不思議な話:その弐(2)杣人の話「まんま喰い」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えお正月に単発でお届けした第1話に続き第3シリーズ連載開始です!

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

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 「ちょっと嫌いな食べ物を言ってみろ」
 「ゲフゲフエフエフ! な、なんじゃ? 薮から棒に!」
 縁側で煙管を吹かしていた杣人(そまびと。きこり)の水丸さんは祖母の父からの唐突な問いに咳き込んだ。
 「いいから言ってみろ」
 「うん? 嫌いなモンか…あ、あれじゃ! ほや! ほやは苦手だ」
 「ほやか…よし!」
 父は帳面に書き付けると立ち上がった。

 「おい、どこに行く? そも何故嫌いなモンを聞いたんじゃ?」
 「お前も一緒に来い! そうすりゃ分かる。お〜い、日の本屋(ひのもとや)まで行って来る」
 祖母の母にそう告げると二人は隣町へ向かった。

 「あれからどうなりました?」老舗の反物屋・日の本屋の暖簾を潜るなり父が店番をしていた主人に尋ねる。
 「それがどれも効き目がありませんで…」
 「そうでしたか…あ、これは私の友人で水丸という…まあどこにでもいる木こりです。役には立たんとは思いましたが連れてきました。それからこれが思いつく限り嫌いな食べ物を書き留めたものです」
 「ありがとうございます」主人は深々と頭を下げた。

 「あの…嫌いなモンを集めてどうするんですか?」
 「こちらが大変困っておられてな…噂になっては困るので詳しくは…」
 そう言う父を押し止め、主人が言った。
 「いえ、もうこうなったら体裁を取り繕っている場合ではありません。お話しさせていただきます」
 二人を座敷に招くと二つ手を打つ。しばらくすると奥から女中がお茶を運んできた。

 「困っておるのは娘のことなのです。昨年の春、花見に出かけた先で見たこともない奇妙な黒い虫に膝を噛まれました。たいした傷でもなかったのでそのままにしておったのですが、ひと月ほどしても痕が消えない。それどころか膿み崩れ、どんどん奇妙な形に変わっていきました」
 「どんな風にですか?」
 「百聞は一見に如かず…見ていただきましょう」
 杣人の問いにそう答えると二つ手を打つ。

 出てきた女中に何やら告げると、女中はすっと奥に消え、代わりに娘がやってきた。
 歳の頃十八、九の可愛らしい娘だったが、その顔には表情がない。
 頭を下げると主人の横に座った。

 「すっかり気落ちしましてな。かわいそうに何も食べずに泣き暮らしております」
 「何も食べていない…その割には健康そうですが…」
 「娘が食べない代わりにこいつが食っとるんです!」
 そう言うと娘に合図する。
 娘は小さく頷くと裾をめくった。
 真っ白な美しい脚…そこにそいつがいた。
 顔だ! 小さな子どもの顔が膝に付いている!

 「驚かれたでしょう。人面瘡と言って昔からごくごく稀にあるらしいんです。夜になるとプクプクと泡を吐きながら『まんま! まんま!』と食べ物を欲しがるので私たちは『まんま喰い』と呼んでいます。食べさせないと激痛が走り、この子の苦しみは尋常ではありません。何人もの医者に診てもらいましたが首をひねるばかり。切っても削ってもその晩には元に戻ります。いろんな人に相談するなか、大学の先生が文献を見つけてくださいました。そこに『数多アル中ヨリ忌ム物喰ハセ』とありましたので、いろいろと試してみましたがどれも食べてしまうのです。煙草の脂(やに)ですら駄目でした。このままでは娘は嫁にも行けません」
 「そうでしたか…よし! 儂は仕事であちこちの村や町に行くんでこいつを消す方法を聞き回ってみようと思います。ようございますか?」
 「はい。お願いします」

 それから二月(ふたつき)、水丸さんが父を訪ねてやって来た。
 深編笠を被った男と壷を抱えた医者らしい白衣の男を連れて。
 水丸さんと父は二言三言交わすと、日の本屋に向かった。

 「ご主人、娘さんはお変わりは?」
 水丸さんの問いに主人は首を振る。
 「そうですか。よし! 一つ試させてもらえませんか?」
 「是非もありません。やってください」
 「では座敷に娘さんを呼んでください」
 
 座敷に布団を敷き、その上に娘を寝かすと膝を出させた。
 まんま喰いの目が開いた。
 医者はメスを取り出すとその顔を少し削ぎ、それを大切そうに持参した硝子容器に保管した。
 次に壷の中から取り出したなにかの肉をまんま喰いの口に入れた。
 くちゃくちゃと咀嚼していたが、突然苦悶の表情となり大量の赤黒い血を吐き散らし叫びながら萎んで行った。

 医者は頷くと驚く主人や祖母の父をそのままに、深編笠の男に言った。
 「さあ、お前さんの番じゃ」

 深編笠を脱いだ男は若くその顔は端正だった…左半分は。
 右側にはまんま喰いと同じ人面瘡がへばりついている!
 医者は先ほど切り取った肉片を硝子容器から取り出すとその口に入れた。
 娘のときと全く同じ事が起こり、人面瘡は消えていった。
 娘も主人も涙を流して喜び、若者と抱き合った。

 「良かったな! こんなに上手くいくとは」と水丸さんは満面の笑みを浮かべた。
 「こりゃどういう事じゃ?」とポカンとした顔の父。
 「いやな、娘さんの話を遇う人遇う人に話しとったら、ちょっと離れた町の米屋「杉田米穀」から呼ばれてな。行ってみるとこの通り、跡取り息子の典良君が3年前から娘さんと同じ人面瘡で難儀しとった」
 「それで?」
 「聞いて驚け! なんとこの典良君、人面瘡の退治法を知っとったんだわ」
ここまでの話を聞いていた典良さんが口を開いた。
 「あんなものが付いていたので外出もできずにずっと引き蘢っていました。ある日、旅姿の巫女がやって来て『顔を見せろ』というのです。なぜかその声には逆らえず、深編笠を脱いで見せました。巫女は『治すのは簡単だが、見つかるかどうかは運だな』そう言うと退治法を教えてくれました。それは別の人面瘡の肉を食べさせること…それから家の者達が人面瘡のある人を探しに日本中に散ったんですが、見つからず…一生このままかと諦めかけたところに水丸さんの噂を耳にしたのです」
 「それで連れてきたのよ。途中でこの医者どんに説明してな」
 「あれが説明? 無理矢理じゃろう」
 「まあまあ。これで二人が助かったんじゃ。良かった良かった!」

 その晩は日の本屋で喜びの宴が開かれた。
 水丸さんと祖母の父は朝まで飲み、山ほどの土産をもらい、フラフラしながらいい気分で帰って行った。
 それから半年後の秋晴れの日、娘さんと典良は祝言をあげた。
 招かれた二人はまたしても浴びるように飲み、フラフラしながらさらにいい気分で帰って行った。

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 「おばあちゃん、面白かったよ。でも、どうしてこの話を思い出したの?」語り終えた祖母に尋ねた。
 「あなたが読んでいた漫画に人面瘡の話があったからよ」
 祖母が一冊の漫画を手にして見せた。
 「ブラック・ジャック」だった。

チョコ太郎より

 お読みいただき、ありがとうございます。「祖母が語った不思議な話」シーズン3、スタートいたしました。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけると連載のモチベーションアップになりますので、ぜひぜひ下記フォームにお寄せください。一言でもOKですよ!

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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