明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!


十年ほど前、常々行きたいと思っていた島原の「湧水庭園 四明荘」を訪ねた。
こんこんと湧き出る水は縁の下まで流れ込んでいて信じられないほど澄み切っている。
そこを泳ぐ色とりどりの鯉たちはまるで空中に浮いているようだった。
しばらく眺めていると突然、記憶の箱が開いた。
「水屋敷…!」

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「水屋敷だねぇ」
〝もう一度行ってみたい場所〟を尋ねた時、祖母は即座に答えた。
小学二年生くらいだったと思う。
なぜそんな質問をしたのかは忘れた。
「水やしき? それ、どんな所?」
「おばあちゃんが子どもの頃…そう六歳くらいだったかな。一度だけ泊まった所。私のお母さんの故郷の村にある古い古い大きなお屋敷」

「どうして泊まりに行ったの?」
「里帰りした時、丁度そこの花代さんという娘さんも帰って来ていてね。お母さんとは幼馴染みだったから、久々に懐かしい話で盛り上がり泊まることになったんだよ。不思議な水屋敷だとお母さんから何度か聞いていたから、わくわくしながらついて行ったよ」
「子どもの頃から不思議なことが好きだったんだね」
「そうそう。お屋敷には大きな庭があり、立派な築山もあった。でもね池はなかったのよ。水屋敷なのに」
「へえ!」
「でも井戸はあったよ。どんなに日照りが続いても水が湧くので『枯れずの井戸』って呼ばれてた。覗くと綺麗な青い水が見えたよ。水屋敷という名前の由来はこれかと思った」

「それから?」
「夕餉をいただきお風呂にも入って、さあ寝るかというときに花代さんがやって来てね、こう聞くんだよ」
「なんて?」
「『この屋敷の不思議に興味があるのでしょう?』とね。もちろんと即答すると、縁側横の座敷に連れて行かれた。そこには既に布団が敷かれていたので、その中に潜り込んだよ。しばらく横になっていると皆眠ったのか屋敷中が森閑となった」
「しんかん?」
「ああ静かで物音一つしなくなったってこと。なにが起こるんだろう? と考えていたんだけど、知らないうちに眠ってしまったの」
「ええ〜! ねむっちゃったの?」

「あはは。それから二時間くらいは夢も見ずに眠っていたんだけど…奇妙な音で目が覚めたの」
「どんな音?」
「コポリンコポリンと水が湧くような綺麗な音。どこからだろう? と耳を澄ますと床下から聞こえている。縁側の方で何か動いた気がしたので上半身を起こし見てみると煌々と輝く満月に照らされた障子にいくつもの小さな紡錘形の影が映っている。不思議な音に影…これはもう調べるしかないと立ち上がった瞬間、障子の影は魚が逃げるように一瞬で散って行った。しばらくぼうっとなって…それから布団に戻ったけど眠れなかったよ。影はもう現れなかったけれど、水の湧く音は朝まで続いたよ」
「その音、聞いてみたいなぁ」
「とっても綺麗で不思議な音だったよ」

「そのおやしき、どうなったの?」
「先の戦争のとき、焼夷弾で近隣が全焼し火が迫ったんだけど水屋敷だけは無事。焼けるどころか、壁なんかしっとり水気があったんだって」
「わあ、今度行ってみようよ」
「おばあちゃんも行きたい…けれど無理なのよ」

「なぜ?」
「東名高速道路って知ってる?」
「うん! スケスケのチューブの中を車が走る道路かと思ったけどちがったアレ」
「そうそう。あの道路が丁度、水屋敷のあったところを通ることになって取り壊しちゃったのよ」
「ええ〜! そんなぁ!」
「本当に惜しいよね。せめてもう一度、泊まってみたかったな」
祖母は残念そうに話を締めくくった。
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チョコ太郎より
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当連載を読まれている時に航空券やコンサートチケットが当たったという、読者の方からいただいたエピソードにもビックリでした。