明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします! 今回は筆者が友人とある場所に出かけた話です。

3年ほど前、この連載の感想フォームに北九州市の友人・江島君からのコメントが書き込まれているのを見つけた。
「お久しぶり。連載面白いね。僕も話したい不思議な経験があるんだ。時間の合うときにその現場に行ってみない?」
コメントにはメールアドレスが書かれていたので「ぜひ!」と返事をした。

「ここだよ。ここに通っていたんだよ。ああ、懐かしいな」
あれからひと月後、猫道を抜けた先にある幼稚園の前で江島君が言った。
「あ! 砂場なくなったんだ。やっぱりなあ」
「ほんとだ。ここ砂場がないね…うん? やっぱりって?」
「あの片隅に藤棚があり、その下が砂場になっていたんだ。入園してすぐの頃は人気の場所で多くの園児が遊んでいたんだけど、年長組になってすぐに奇妙な出来事があってからパタリと誰も遊ばなくなったんだ」
指さす所には藤棚も砂場もなく、赤い杭が数本立っている。
杭には何か書いてあるが、遠過ぎて読めない。
「奇妙な出来事…何があったの?」
江島君は頷くと話し始めた。

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年長組になった春、その日も同じように皆が砂場にいた。
砂山を作り、トンネルを掘り砂に混じった巻貝を地底を進む戦車に見立て遊んでいた。
周りの音も聞こえないくらい集中していたが、視界の上部で茶色いものがゆっくり動いた。
目を上げるとそれは大きな、一枚の羽根が広げた手ほどもありそうな蛾が藤蔓にとまって羽根をゆっくり動かしている。
反射的に「わあ!」と叫びながら跳び下がった。
その声に近づいて来た他の園児らも蛾に気づき、「おばけがだ! にげろー!」と一斉に舎内に逃げ込んだ。

「あーこわかった!」「もすらかも」「おいかけてくるかとおもった」「きっとどくがあるよ」「せんせいにいったほうがいいよ」「ぼくがよんでくる!」…安心した皆が口々に話すのを聞きながら砂場に目をやると、逃げ遅れたのか女の子が一人立っている。あのお下げ髪…山本さんだ。
最初は蛾を見ているのかなと思った。だが、方向が違う。見ているのは砂場の奥だ。
まるで誰かと話しているかのように相槌を打つように頷いたり首を横に振ったりしている。

「やまもとさん、なにやってるの?」「だれかとおはなししてるのかな」皆が不思議に思ったその時、山本さんがパタリと砂の上に倒れた。
それを見た何人かの女の子が泣き始めた頃、ようやくやってきた先生に「あそこあそこ! やまもとさんが!」と告げた。
血相を変えた先生は山本さんの元に走り、抱きかかえて戻って来た。
山本さんはぐったりとし、鼻血も流していた。
その日はそこで皆は家に帰ることになった。

翌日、山本さんはいつもと変わらない様子で幼稚園にいた。
どうしても気になったので聞いてみた。
「きのうなにをみてたの?」
「いなくなったらはなす」
「えっ? いなくなったら?」
山本さんは周りを見渡した後、耳元に口を寄せ囁いた。
「すなばにいるよまだ」

それを聞いて以来砂場には入らないどころか近づくこともしなくなった。
誰に話したわけでもないのに「すなばにががとぶとおばけがでる」という話で持ちきりとなり、園児たちは卒園するまで誰も砂場で遊ばなくなった。
先生達が「砂場で遊びましょう」とは一切言わなかったのも不思議だった。

「あれからウン十年ぶりに来てみたら、件の藤棚も砂場も撤去されていただろ。ちょっと驚いたけれどもさもありなんと思ったわけさ」
「大きい蛾も気になるよ」
「小学校に上がってから図鑑で見たらヨナグニサンにそっくりだったよ。でもこんな所にいるはずないしなぁ…あの日僕らが見たのは何だったのかいまだに分からない」
「山本さんは?」
「小四の時に転校して行ったよ。ずっと同じクラスだった。あ、思い出した! 彼女とても絵が上手かったんだけど…」
「だけど?」
「四年に上がってから何だか分からないようなぐしゃぐしゃな絵ばかり描くようになってね。心配した担任はご両親を呼び出したりしてたよ。同級生の中でも大人びていて成績も良かっただけにとても奇妙に思ったなぁ」

「…それから後は? 山本さんに会った?」
「中学生になった春に黒崎駅で見かけたんだけど、幼稚園の頃からずっと伸ばしていた髪が坊主頭になっていたんだ。それにびっくりして声をかけそこねているうちに姿は消えていたよ」
「…」
「さて今回の件、今のところ話せるのはこんなとこ。機会があったら同じ幼稚園に通ってた連中にも聞いておくよ」
興味深い体験を話してくれたことに礼を言い、再会を約束して江島君と別れた。
その後、江島君からの連絡はない。


チョコ太郎より
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