明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

祖母の父は久方ぶりに、ある海辺の村を訪れていた。
仕事で何度か通った漁村にはうららかな日差しが溢れている。
思ったより時間がかかったが昼過ぎには用事を終えたので、友人の涼太さんを訪ねた。

門を潜り戸を叩くが返事がない。
「お〜い涼太、儂(わし)じゃぁ!」
父が叫んだ時、「チリン」と鈴が鳴った。
涼太さんが一緒に暮らしている、背中に花びら模様がある白猫…梅だった。
いつの間にか側に来ていた梅は父の顔を見上げた後、ついて来いというように庭を抜けゆっくりと進んで行く。
ついて行った先は勝手口で、戸は開いていた。

「ニャゴニャゴ」と梅が促すので中に入ると座敷に敷かれた布団に涼太さんが横になっていた。
頭には包帯が巻かれている。
梅はちんと枕元に座った。
「おぉ、来たか。こんな格好ですまんな」
「どうしたんじゃ?」
「いや、今度こそは駄目かと思ったぞ。聞くか?」
「おう、聞く聞く。じゃが体はええんか?」
「なに、もうだいぶ治った」
涼太さんは体を起こすと話し始めた。

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【涼太さんの話】
1月も終わろうとする頃、山菜を採りにいったのよ。岬の上の小高くなっとる辺りに。
梅が妙に騒いで付いて来たそうにしておったが、あの辺りは危ないから家に閉じ込めてから出かけた。
まだあちこちに溶けずに雪が残っておったが、山菜はナズナやハマダイコンなどがいっぱいでな。
「こりゃ豊作じゃ!」と夢中で採っておるうちに崖っ淵に近づいておったんじゃ。
「あっ!」と思った時にはもう落ちとった。

気が付くと暗い隧道を歩いておった。どのくらいかも分からんくらい歩きつづけていると、急に明るい所へ出た。
目の前に綺麗な小川が流れていて、向い側には花がいっぱい咲いとる。
「これは話に聞いたあの世の入口に違いない。ということは儂は死んだのか…」
そう考えていると、向こう岸から誰かが手招きをしておる。
「あれは、死んだ嫁じゃ!」
思わず小川に入ろうとして、ふと思った。
「儂がおらんようになったら梅はどうなる?」
「ゴ〜ン」
その時、遠くで鐘の音がした。

それを聞いた瞬間矢も楯もたまらず、そちらの方に駆け出しておった。
暗い隧道の中をしばらく走ったが出口がない。
それからまた走りに走ると二又の道に出た。
さんざ迷ったあげく右側の道に進もうとした瞬間横から声がした。
「そっちはだめ! こっちこっち」女の声だ。
弾かれたように声の方に飛ぶと脚を取られて仰向けに倒れた。
それだけならまだしも、何かが胸の上にのしかかってきて、あまりの重さに動けなくなった。
「罠だったか!」そう思った時、鐘が激しく何度も鳴った。

その音で目を開けると、胸に梅が乗っていて一生懸命儂を押している。
その動きに合わせ首の鈴が「チリンチリン」と鳴っている。
どうやら崖から落ちて気を失っておったらしい。
頭からは血が噴き出しておったので手拭いで縛った。
起き上がろうとしたが、体中が悲鳴を上げた。
しかたがないのでじっと寝ておると村のもんたちがやって来た。
「ほんとじゃ!」「こりゃ大事じゃ」口々に言いながら儂を担架で運んでくれた。
全身打撲だったんじゃが、頭の傷も酷くてな。気を失ったままだったら生きとったかどうか…

梅も傷だらけで、一緒に治療してもらったよ。
あちこち怪我をしながら家の窓をこじ開けて飛び出し、村のもんのところで騒いだそうな。
「こっちこっち」と言いたげな仕草をする梅に皆がついて行ったら、儂が倒れとるのを見つけたということじゃった。

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「鐘の音に聞こえたのは梅の鈴じゃったか…お主、また助けられたの」
「本当になぁ」
涼太さんは梅の頭をなでた。
「その…小川の向こうにおったのは本当に嫁さんだったと思うか?」
「いや、あれは違うよ。『こっちこっち』と呼んでくれた声が嫁の声だったからな」
祖母の父が涼太さんに別れを告げたのはもう空が赤く染まり始める頃だった。
夕風が運んできた梅の匂いをかぎながら歩き始めた時、後で「チリン」と鈴が鳴った。
振り向くと梅が見送っていた。



チョコ太郎より
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