新・祖母が語った不思議な話:その陸(6)「鬼ン粉(おにんごな)」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

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菜の花が満開の山里に、妖(あやかし)を退治しながら旅をしているという祓い師がやって来た。
井笠磨太呂と名乗るその男は村人たちの家々を訪ね、失せ物の在りかをピタリピタリと当てた。
感心する皆を引き連れ神社の境内まで来ると背負った木箱を下ろし、中から角が生えた奇妙な髑髏を取り出した。

 「さあさあ、ここに取りい出したるは鬼の髑髏。どんな化け物も震え上がる鬼の大将だったが、拙者が調伏した物である」
 そう言うと骸骨を掲げて見せた。
 「さて、この鬼の体の骨はというと、不動明王の炎で三日三晩焼いて焼いて粉にした。ほれ、これじゃ」
 今度は袋を取り出し、升で中からざらざらした白い粉を掬(すく)ってみせた。

 「この粉はな何よりも強い魔除けでな。悪霊、死霊、それに化け物…全ての魔が『こんなに強い鬼が粉にされるとは!』と怖れて近付かん。甚だ貴重な物であるが、この村の者にだけ特別に分けてやるぞ」
 失せ物を目の前で当てた不思議と鬼の髑髏を見た村人は我も我もと小さな袋に小分けした粉を買い求めた。

 皆が買い終わったのを見届けた祓い屋は「その鬼ン粉は神棚に上げて毎日拝むように。袋から出したりしては罰が当たるぞ!」と付け加えた。

 「井笠様、すごいお力でございますな」村を出ようとしたところに村長がやって来た。
 「何か用かな?」
 「はい。実はたいそう困っておることがありまして…ここから見えるあの山の中腹にある古寺に妖しのモノが住みついており、山に入った村の者が何人もやられております。どうか井笠様のお力で退治していただきたく思いまして」
 「いや、拙者は少々急いでおって…」
 「これまでに何人もの武芸者や陰陽師にも頼みましたが、一人も戻ってきませんでした。こうなったら鬼を調伏されたという井笠様に頼るほかありません。どうか! どうかお願いします! 退治なさってくださればお礼はたんとお払いいたしますので!」

 袖をつかんで頭を下げ続ける村長を断りきれず、とうとう井笠は古寺に向かうことになった。

 既に日は傾いており、古寺にたどり着いたときにはもう星が輝いていた。

 寺の中に灯が見える。
 恐る恐る中を覗くと若い女が囲炉裏端に座っている。
 「これはきっと魔性のものだ! くわばらくわばら…」ゆっくり引き返そうとした時、女の声がした。

 「井笠さま」

 思わず振り向くと女が手招きをしている。
 吸い寄せられるように井笠は座敷に上がった。
 女が微笑む。

 「お前様は鬼の髑髏をお持ちとの噂…それを見せてはもらえないでしょうか?」
 「う、うむ…こ、これがそのお、鬼の髑髏じゃ」ぶるぶる震えながら井笠が髑髏を取り出すと女は笑いながら手を伸ばしそれをつかんだ。

 「この下手な新粉細工が鬼の髑髏ですか? あはははは」と笑いながら粉々に握り潰した。
 女はひと回り大きくなったように見える。

 「村の者たちに霊験あらたかな『鬼ン粉』といってなにやらよく分からないも売ったそうですね。失せ物も前もって村に忍び込んだお前様が隠したのですから当たって当然、とんだ祓い師もいたもんですね。化け物をダシにこれまでもあちこちで金儲けしてきたのでしょうが、その命運もここまでです」
 「許してください、もう二度としませんから命だけは取らないでください!」
 「いいですねぇ。人間が命乞いする顔はいつ見ても堪まらない!」
 女が見る見る大きく膨らむと、じりじり近づいて来た。

 井笠はもうダメだと目をつぶりながら、無我夢中で袋の中の粉をぶちまけた。
 
 「あらあら。偽ものの鬼ン粉など何の役にも立…? ゲ、ゲグゥワ! グワワワワアァァァァ!!!!!」

 その声に目を開けると女は煙を上げながら奥の間に逃げて行った。
 井笠は後も見ずに村へ駆け戻り、村長にことの次第を告げた。

 夜が明けてから村中総出で古寺へ行った。
 庫裡からは何十人分もの骸骨が出てきた。
 その脇には六尺ほどもある山蛞蝓(なめくじ)が半分溶けて死んでいた。

 「さすが大陰陽師の井笠様、お見事でした!」
 皆が褒めそやす中、礼金をもらった井笠は宴を断り村を後にした。

 「ああ、恐ろしかった…金は有難いが命あっての物種。何の力もない儂が化け物退治なんてもうたくさんだ! しかし、あの粉が村に来る途中の塩田で拾い集めた塩でなかったら今頃…」
 井笠はブルっと震えるとはや足で隣村への山道を越えて行った。

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 先日、実家の庭の蛞蝓を退治している時に思い出した話である。

チョコ太郎より

 お読みいただき、ありがとうございます。「祖母が語った不思議な話」シーズン3、スタートいたしました。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけると連載のモチベーションアップになりますので、ぜひぜひ下記フォームにお寄せください。一言でもOKですよ!

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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