新・祖母が語った不思議な話:その漆(7)「桜舞う」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

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 戦国時代も終わらんとする頃、赤松という若き武士が京に赴任してきた。
 何を好んでか、長く誰も住んでいなかった廃寺に居を据えた。
 優しく面倒見の良い質(たち)で野伏(のぶせり)を追い払ったり、大猪を退治したり、村の困りごとを親身になって次から次へと片付け、村人ともすぐに打ちとけた。
 端女(はしため)すら置かず一人で暮らす赤松を心配した村人は米に野菜、魚や鹿肉等を届けた。
 その度、赤松は丁寧に頭を下げ感謝の言葉を口にした。

 赤松が越して来た翌年の春、寺の裏庭に見事な桜が咲いた。
 
 「あんなところに桜があったかのう?」
 「うちのじさまは『子どもの頃は見事な花を咲かせておって、皆で花見をしたもんだ』ちゅうとったぞ」
 「とにかく赤松様のところへ行ってみるべや」
 「んだな!」

 石段を登り裏庭にまわると、その片隅に満開の桜が見えた。
 その前に敷かれた蓙には赤松が座っており、桜に向かって杯(さかづき)を干した。
 「赤松様、立派に咲きましたなぁ!」
 「わしらここに桜があることさえ知りませんでした」

 村人の方に向き直りにっこり笑うと、赤松は言った。
 「裏庭に桜があるのは越して来てすぐに気付いた。しかし、ほとんど枯れておってな。そのままにしておくのは可哀想だったので枯れたところを取り除き、烏賊を根元に埋め、酒をかけ…そんなことをしていたら見事に花を咲かせてくれたので、それを祝っておったのだ」
 見ると桜の前にも三方が置かれ、その上に酒の注がれた杯が載っていた。

「皆も家族を呼んで来るといい。花見をやろう」
 赤松の誘いに村人らは喜び、桜を囲んで大宴会となった。

 それから十年経った秋、赤松は大戦(おおいくさ)に出なければならなくなった。
 それを知った村人は宴を開き、赤松の無事を願った。
 赤松は大層感謝し、一人一人と杯を交わし礼を述べた。

 宴も終わり、寺に戻った赤松は湯を使い体を清めた後、桜の前に座った。

 「いよいよ戦に出ることになった。難しい戦だ。もう戻っては来られないだろう。お前のことは村の人たちによく頼んでおいたので心配するな。これまで楽しかったな。お前がいてくれたので一人でも寂しゅうはなかったぞ。ただ…ただ、今一度お前の咲かせる花が見られなかったのが心残りだがな」

 翌朝、戦支度を整えた赤松は最後に桜をひと目見ようと裏庭にまわった。
 桜はこれ以上ないほど満開の花を咲かせていた。

 「…願いを聞いてくれたのか…かたじけない」

 桜舞う中、赤松は笑顔で旅立って行った。
 肩にはひとひら桜の花びらがのっていた。

 勝敗は一日で決した。
 赤松は帰っては来られなかった。
 
 数日後、赤松の菩提を弔うため皆が寺に集まった時、静かに桜が根元から倒れた。

 「赤松様について行っただな…」
 村人は仏師に桜の木から乙女の像を作らせ赤松が愛用していた杯と一緒に葬った。

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 桜の季節が巡り来る度に祖母が聞かせてくれた話である。

チョコ太郎より

 お読みいただき、ありがとうございます。「祖母が語った不思議な話」シーズン3、スタートいたしました。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけると連載のモチベーションアップになりますので、ぜひぜひ下記フォームにお寄せください。一言でもOKですよ!

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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