明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」第3シリーズです。「もっと桜に関するお話を読みたい」というご希望を多くいただきましたので、今回も桜の季節にふさわしいお話です。

小学六年生に上がった春、叔母がふらりと訪ねてきた。
母の一番下の妹に当たる叔母は当時二十歳過ぎ、「姉さんがいたらこんな感じかな」と思いながらよく遊んでもらっていた。
「桜を見に行こうよ」と言うので母におにぎりとお茶を用意してもらい、桜の名所の貯水池まで出かけた。
20分ほどの道すがら、あれやこれや話した。

学校では今、何が流行っているかと尋ねられたので心霊写真と答えた。
叔母はへえっと少し驚き「幽霊って見たことある?」と聞いてきた。
首を横にぶんぶんと振ると叔母は少し得意げに言った。
「私ね、1枚写真持ってるよ。見る?」
「え!? ほんと? 見たい見たい!」
「それじゃあ、貯水池に着いたら見せてあげる」

貯水池の桜は見事に満開で少し怖いくらいだった。
何組もの家族か蓙(ござ)を敷き花見を楽しんでいた。
少し離れた石垣に並んで腰を下ろし、お昼を食べた。
「姉ちゃんの…あ、お母さんのおむすびはおいしいな」
「うん。塩加減が絶妙」
「なま言っちゃって(生意気言っちゃって)」

ポットのお茶を飲み終わると叔母は「さて」と財布を取り出した。
「元写真から小さく焼いたものなんだけど…分かるかな?」
モノクロの写真には二十数人のセーラー服姿の女の子たちが桜をバックに写っていた。
「これ卒業式? 叔母さん、真ん中にいるね」
「そう。私が中学を卒業するときのものなんだけど。この右端のトコ見て」
「右端? あ、桜の後に一人いるね。なんかブレてるけど」
「そう。この子が幽霊」
「え〜!?」
叔母は話し始めた。

「私たちの中学は3年間クラス替えがなくて、みんなそれは仲が良かったの。特に合唱部のメンバーはね。私も入っていたんだけど、その中でも花代(はなよ)ちゃんって子が人気者だった。三つ編みの似合う可愛らしい子で、優しくて、面白い話をたくさん知っていて…唯一の欠点は、合唱部で歌うのが大好きなのに致命的に下手だったこと」
「合唱部なのに音痴だったんだ」

「そう。本人はいたって真剣に歌っているのに完全に音程がズレているの。指導する先生も頭を抱えていたけど本人も含め私たちは気にしなかった。他愛もないことにケラケラ笑いながら仲良く楽しい日々を過ごしていたんだけど、3年生の秋に花代ちゃんは肺の病気で入院することになったの。何度もお見舞いに行ったけど、当の本人は平気なもので冗談を言っては皆を笑わせていた。年も押し迫った頃、私が一人でお見舞いに行ったら花代ちゃんがいつになくしんみりしていて、こう言うの『ああ、みんなと一緒に卒業したかったなぁ』って。『何言ってんの、卒業までに治るに決まってるじゃん!』と言ったら、『ありがとう。そうだね』とちょっと困ったみたいな顔で笑ったんだ」

「…それから…どうなったの?」
「年が明けて正月三日、花代ちゃんは亡くなったの。急変だった。私は年末に話したことを思い出し『自分の命がもう長くないことに気が付いていたんだ』と涙が止まらなかった」
「…」

「そして卒業式の日。花代ちゃんのお母さんが写真を抱いて参列したので、みんなしんみりしてね。幾人かはもう泣いてた。式が進み、卒業生が『仰げば尊し』を歌い始めたんだけど不思議なことが起きたのよ」
「どんな?」
「歌声の中に音程の外れた女の子の声がするの。歌いながら見渡してもそれらしい人はいない。そうこうするうちに式は終わり記念撮影するために桜が満開の正門に集まったので、さっきの歌の話をしたら合唱部のメンバーはみんなあの歌声を聞いていた。そして言うの。『あれは花代ちゃんだよね』『来てくれたんだね』『一緒に卒業できたね』ってみんな大泣き。でも嬉しい涙だったよ」
「そうだったんだ」
「うん。そして上がって来た記念写真の1枚がこれ。右側の子、よく見て。なにか気付かない?」
「う〜ん…あっ、三つ編みだ!」
「ね。花代ちゃんなの」
「へえ! こんな心霊写真だったら怖くないや」
「でしょ! 見守ってくれているみたいだからずっと持ってるの。さあ、そろそろ帰ろうか」
桜吹雪が舞う中、久しぶりに叔母と手をつないで帰った。




チョコ太郎より
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