新・祖母が語った不思議な話:その玖(9)岩見と蜘蛛「影食(かげはみ)」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 城下では奇っ怪な事件が続いていた。
 侍、町人、旅人…幾人もが朝方、町外れの辻に半死半生で倒れているのが発見されたのだ。
 しかも皆、老人となって。

 事態を重く見た家老は岩見に調査を命じた。

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 「へえ〜、そんなことが」岩見の説明に蜘蛛は眉をひそめる。
 二人は藩のはずれにある漁村で起きた事件を解決して戻ったばかり。

 「五日ばかり留守にしていた間に起こったらしい。状況を見るにやられたのは夜…今夜から調べようと思う。夕飯を早めに頼めるか?」
 「そりゃもちろん…ですが私も一緒に…」
 「いや、まずは一人で調べてみる。お主には漁村の件でえらく苦労をかけたからな。少し休め」
 「お気遣いかたじけなく存じます…が、何かあったらすぐに言ってくださいね」
 「承知した!」

 日暮れと共に岩見は家を出た。
 春とはいえ夜風は冷たい。
 月のない夜、噂に怯え人っ子一人いない道を件の辻に向かった。
 辻から少し離れた木立の影に隠れ時を待つ。
 
 子の刻(午前0時)を過ぎた頃、異変は空に起こった。
 闇夜なのに月が昇っている!

 岩見が気配を殺し、じっと見ていると一匹の若い赤猫が早足にやって来た。
 どこかの家に忍び込んだのだろう、口には干物をぶら下げている。
 辻に差し掛かったとき猫は凍り付いたように動きを止めた。
 道は明るく照らされ、くっきりと猫の影が映っている。
 次の瞬間、岩見は自らの目を疑った。
 猫の影がかじり取られるように頭から消えて行くではないか!
 あれよあれよという間に影はすっかりなくなってしまった。
 猫はぱたりと倒れた。

 「今宵はこれで我慢するか」
 そう言うと、光は消えた。

 気配が消えたのを確かめ、岩見は猫に駆け寄った。
 息をするのがやっとのようだ。
 猫を抱えると岩見は夜道を家へと急いだ。

 「そいつは『影食(かげはみ)』ですね。しかし、ちょいとやっかいだねぇ…」赤猫をなでながら蜘蛛が言う。
 「『影食』とは妖(あやかし)か?」
 「ええ。生き物の影を喰らう妖です」
 「して、やっかいとは?」
 「影を喰らう連中を『影食』ってひと口に言いますが、実はいろんな種類がいるんです。その種類ごとに苦手なモンが違うという…」
 「なるほど」
 「そいつの様子を詳しく教えてもらえますか?」
 「うむ。月かと思うほど明るく丸く中空にあり、影を喰い終えると消えた」
 「なるほど…丸くて光るか…岩見様、なんとかなりそうですよ」
 

 「正体が分かったのか?」
 「はい…ただ、そいつの苦手なモンが思い出せなくって…」
 「思い出す手だてはないのか?」
 「う…ん…なにか悪口と関係があったように思うのですが…ちょっと岩見様相手に言ってみていいですか?」
 「え? 拙者相手に? 何故だ」
 「いえね、その方が自然に出てきそうなんですよ」
 「分かった。言ってくれ」
 「それじゃぁ早速…岩見様の朴念仁! すっとこどっこい! かんちょうれい!」
 「思い出したか?」
 「まだまだ。岩見様の頓珍漢! 兵六玉! ひょっとこ!」
 「そろそろ…」
 「なんのなんの。岩見様のぼんくら! 丸太ん棒! オタンコナス! …あ、ナスだ」

 「ナスか?」
 「そうそう! ナスの茹で汁が効くはずです」
 「しかし今はナスの時期ではないぞ?」
 「な〜に、漬け物の汁で大丈夫ですよ」
 「よし分かった!」
 「さて、明日は私が囮になりましょう」
 「大丈夫か?」
 「まかせてくださいな」蜘蛛はドンと胸を叩いた。

 次の夜、岩見は前回と同じく木立の影に隠れ、蜘蛛は辻横に転がる岩に腰掛け妖を待った。
 いつもより念入りに化粧し、艶やかに着飾っている。

 「これは喰いでがありそうな女じゃ」
 子の刻を過ぎた頃、光るものが現れた。
 「おあいにくさま!」とあかんべをかますと蜘蛛は本来の姿に戻った。
 「どこに消えた!?」
 「岩見様、今です!」
 「心得た!」岩見が手桶に入ったナス漬けの汁を影食にかける。
 「ぐう」とひと声うなり光が消えたところを岩見の槍が貫いた。

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 「思った通り月夜茸の化物でした。少しずつ少しずつ命を喰らいながら大きくなったんですね。本来は月が照らす影を食べるのですが、自分が発光することで影を作り出せるようになったのでしょう」と帰る道々、蜘蛛が言う。
 「そうだったのか…今回もお主のおかげで助かった。礼を言う」
 「なに、退治したのは岩見様ですよ。あ、皆に命を戻してやらないと」
 「そんなことができるのか?」
 「妖の体をバラして各々にひと晩抱かせておくと朝には元通り」
 「そうか! 城の者に取りに来させよう」
 「はい。…それはそうと私のこの格好、いかがです?」
 「うん? いつもと変わらんが…?」
 「岩見様のおたんちん!!!!!!!!!!!!!!!!」

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 翌日家老にことの次第を告げると、襲われた者たちを城に集め妖の欠片を渡した。
 蜘蛛の言う通り、皆翌朝には元に戻ることができた。
 
 赤猫は岩見の家の新しい住人となった。

チョコ太郎より

 お読みいただき、ありがとうございます。「祖母が語った不思議な話」シーズン3、スタートいたしました。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけると連載のモチベーションアップになりますので、ぜひぜひ下記フォームにお寄せください。一言でもOKですよ!

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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