新・祖母が語った不思議な話:その拾弐(12)「杣人の話・足半(あしなか)」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 祖母が七歳の春。
 日が傾き始めた頃、祖母の父の友人・杣人(木こり)の水丸さんがやって来た。
 縁側にどっかりと座ると奥に向かって「お〜い!」と声をかけた。
 「おう水丸か。久しぶりだな」
 「ちょっと遠い山で仕事しとったんでな。ほれ土産じゃ」と大きな袋を手渡した。
 中には大きな椎茸がつまっていた。
 「こりゃ立派な! すまんな」
 「なんのなんの。それじゃあ」
 手を上げると水丸さんは帰って行った。

「今夜は焼き椎茸にするか…ん? なんじゃこれは。あ、あいつの忘れモンか!」
さっきまで座っていたところに拳くらいの巾着袋が転がっている。
さてどうしようかと父が髭をひねっていると水丸さんが走り込んで来た。

「ああ、あった! あった! 良かった」
 「だいぶ慌てとるな。こりゃなんじゃ?」
 「こりゃな、大事なモンよ」
 そう言うと袋の口を開き、中身を取り出した。

 「足半(あしなか。長さが半分の草履)? しかも子どものが片方?」
 「おう。ちと訳があってな…聞くか?」
 「おう聞く! 聞く! 上がれ上がれ」
 座敷に通され祖母の母が運んできた冷酒を一口飲むと、杣人は話し始めた。

「ふた月くらい前、仕事の依頼のあった少し遠い村に向かって山道を歩いとった。朝早くに出たんじゃが、思ったより道が険しくてな。峠を越える頃には山は夕陽に真っ赤に染まっておった。さあ下りだと足を早めた時、あちこちから『お〜いお〜い』と呼ぶ声が聞こえる。男や女、子どもに年寄り…長いこと山におるがこんなことは始めてじゃった」
「それでどうした?」
「もちろん返事なんかしたら駄目だし捕まったら大ごと…早く下ろうと走り降りようとしたんじゃが、あんまり慌てたもんで転んでしもうてな。声がどんどん迫ってきた!」
「絶体絶命か!」


 「もう駄目かと思うた時、頭に何かがポンと載った。それに触ろうとしたら『そのままで!』とすぐ側で小さな声がする。見ると十六、七の娘が儂の隣りに伏せておった。やはり頭になにか載せている。話しかけようとしたその時、頭の上を生臭い風にのって何人もの気配ががやがや話しながら通り過ぎて行った」
 「その娘は?」
 「声が聞こえなくなったので恐る恐る起き上がると『もう大丈夫ですよ』と娘が笑う。頭には逆さにした足半が載っておる。儂の頭にももう片方。『大変危ないところでしたので断りもなく載せてしまいました。ごめんなさい』…見ると娘は裸足。自分の履いていたものを載せたらしい」
 「なんでそんなもんを?」
 「儂も気になってすぐに聞いた。娘曰く『魔除けのまじない』とのこと」
 「魔除け…?」
 「汚れた足半を載せていると『人ではない汚いもの』と思われて魔が近づかんちゅうことじゃ」
 「なるほどのう」


 「娘は椎茸を採りに来ておったそうで、なんと儂が呼ばれた村のもんだった。そのまま案内してもろうたよ。村に着くとな、面白いもんがあった」
 「何じゃ?」
 「各家の戸口にな真っ赤に塗られた三尺(約1m)ほどもある足半がぶら下がっておってのう。聞くとこれも魔除けと言う。こちらは『ここの家にはこんな大きく強いもんがおるから手を出さん方がいいぞ』と脅すことで魔を近づけんらしい。昔っからずっと続けていて正月に新しいのと架け替えるそうじゃ」
 「面白い風習だな」
 「儂も初めて見たが、山の中のことがあったから、こっちも立派に魔除けになると思った」

 「それで、この小さい足半は?」
 「それから十日ばかり村に腰を据えて仕事じゃ。昨日それを終えて村を発とうとしたときにあの娘…幸(さち)さんが椎茸と一緒にくれたんじゃ。『水丸さま、これを私と思って』とな」
 「……そのせりふは嘘だな」
 「ば・れ・た・か…………しかし魔除けにと渡してくれたのは本当じゃ」
 「心根の優しい娘だな。山の中なのに草鞋ではなく足半で来ていたのは何故だろうな?」
 「なんでも足半には蛇除けの効果もあるらしく、それで履いていたんじゃと」
 「ほう! そりゃ大事にせんとな」
 「なにせ幸さんの心が籠っておるからな」
 「ははは。幸せな男だな」
 「おう! それじゃあ」

 水丸さんは春の夜風とともにほろ酔い気分で帰って行った。
 間違って父親の草履を履いて。

チョコ太郎より

 お読みいただき、ありがとうございます。「祖母が語った不思議な話」シーズン3、スタートいたしました。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけると連載のモチベーションアップになりますので、ぜひぜひ下記フォームにお寄せください。一言でもOKですよ!

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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