明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

小学2年生の5月。
学校から帰るなり荷物を放り出し、自転車で川を目指した。
その頃、子どもたちの間で「釣り」が流行っていて着いた時には良いポイントには先客がぎっしり。
仕方なく人の少ない上流に行って糸を垂らしたが釣れたのは小さいフナが一匹。

「あ〜あ…」がっかりして堤防に寝っ転がり雲を見ていると何かの気配。
三毛の仔猫がフナを入れたバケツをのぞいている。
「これは川に返すんだから、食べちゃダメだよ」
そう言いながら仔猫を抱える。
ガリガリだ…あちこち怪我もしている。
ミュウミュウ鳴く子猫を抱えたまま周囲を探したが母猫も兄妹もいない。
近辺に自分で獲れるような餌もなさそう…
バケツのフナを川に戻すと自転車の駕籠(かご)に乗せ、一旦家に連れて行くことにした。

「あら随分痩せた仔猫だね。どうしたの?」
事のあらましを話した。
「鼠除けに良いね。今日からうちの子だ」祖母は庭に盥(たらい)を出し仔猫を洗った。
「なかなかの器量良しだね。名前は…ミケにしよう」大の猫好きの祖母は相好を崩す。
家族が一人増えた。

それからひと月、怪我も癒え少し丸みを帯びてきミケはずっと祖母について回るようになった。
「おばあちゃん、前に猫の話をしてくれたね。他にもある?」
「ミケと同じ三毛猫の話があるよ。私のおばあさんから聞いた話」
膝に仔猫を乗せたまま祖母は話し始めた。
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徳川の世に入った頃、江戸の呉服屋に一人の娘がいた。
歳の頃は十六、七。
両親から目の中に入れても痛くないほど可愛がられ、すくすくと優しくそして美しく成長した。
呉服屋には「みけ」という三毛猫が飼われていた。
娘が生まれた日に店先で産み落とされた猫だった。
娘とみけは姉妹のように仲が良かった。
娘が手習いの舞踊を踊るときには必ず側で見ていて、時折ミャオミャオと合いの手を入れる。
家族や使用人も自然と微笑みがこぼれる幸せな光景だった。

そんな日常を破る事件が起こった。
ある夜、押し込み強盗が入ったのだ。
黒装束の強盗は数人だったが刀を持っているので手向かいできない。
家族も使用人も皆後ろ手に縛られ金品を盗られるのをただ見ているしかなかった。

「この娘は別嬪だな。連れて行くぞ」
めぼしい物をかっさらった後、首領と思われる男が言った。
「何でもやるから、それだけは止めてくれ」と必死で叫ぶ両親を尻目に娘を担いで行こうとしたその時、どこからともなくお囃子が聞こえた。
ぎょっとして強盗が思わず顔を見合わせていると、もっと奇妙な物が現れた。
みけが二本足で立ちお囃子に合わせて踊りながら入ってくるではないか!
それを見た黒装束の男らは石灯籠のようにぴくりとも動けなくなった。
それから四半刻(約30分)経った頃、夜中にお囃子が聞こえたのを不審に思った隣家の知らせでやって来た捕方が喪心している強盗を運んで行った。

翌日、呉服屋では助かったのはみけのおかげだと褒美をやろうと探したがどこに行ったのか姿がない。
その夜、娘が寝ているとおばあさんがすうっと部屋に入ってきた。
「今日まで大事に育ててくれてありがとうございました。最後にお役に立てて私も嬉しく思います」
初めて見る、けれどずっと知っていたようにも思えるおばあさんが頭を下げる。
「あなたは…私の知っている人?」
「はい。ずっと一緒にいました。本当に楽しかった」
そう言うとおばあさんは踊るような仕草を見せると少し寂しそうに笑い、そして消えた。
「みけ!」
目が覚めた。
「別れを言いに来てくれたんだ」
娘は涙が止まらなかった。

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「それからみけは戻らなかったのかな?」
「踊ったり話したりするのを見られた猫はもう人と一緒にはいられないんだよ。みけは覚悟の上で娘を助ける為に踊ったんだね」
「そうか…」
話し終えた祖母が「お前はどこにも行かないでね」とミケの頭をぽんぽんと優しく叩く。
「ミャ〜」とミケが鳴いた。




チョコ太郎より
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