明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

もうどのくらい昔になるだろうか。
大分県のTという山村を訪ねたことがある。
観光するところも名物もなく、竹薮がただただ広がるだけの村で、宿泊施設も民宿が一軒あるだけだった。
そんなT村を訪ねたのは高校の友人・矢野君から聞いた話がきっかけだった。

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【矢野君の話】
大学二年生の春、友人達と4人でバンドを組んだ。
高校の頃、少しかじっていたのでドラムを担当することにした。
サークルに入らず気楽にやろうと練習していたが、メンバーの一人でギター担当の山野君が張り切り、地元イベントの夏ライブへの参加を決めてしまった。
さあ、大変! 時間がない!
各々焦って練習を始め、合わせてみるがどうもうまくいかない。
「こうなったら合宿しかない!」山野君が叫んだ。
「合宿ったってどこで? 音は響くし、場所借りたらお金もかかるじゃん…」
「う〜ん」

しばらく沈黙が続いた後、ベースの井賀君が口を開いた。
「ウチの田舎に来る? とんでもなく何にもないところだけど、どれだけ音出しても大丈夫だよ」
この提案に全員賛成、善は急げと翌週の金・土・日の3日間に決定した。
ボーカルの篠田君の車で大分県T村に着いたのは夕方だった。
村は思ったよりも広く、思ったよりも寂しかった。
そう感じるのは家々がポツンポツンと離れて建っているからだった。
「これだけ離れていたら音出しても大丈夫だ〜!」
山野君はのん気に叫んだ。

一旦井賀君の実家に行き両親に挨拶をした後、歩いて10分くらいの所にある隠居家に移動した。
摩耗し顔も定かでない五体の石仏の側、竹林の中に埋もれるように建つ古い藁葺きの家だった。
「ここはもう使っていないから自由にしていいよ。風呂はないから、実家のに入ろう。明日からの飯は母ちゃんが作ってくれるから、それも実家で食べよう」
井賀君に促され中に入った。

部屋の中には箪笥(たんす)や机、食器がそのまま置かれていたがどれも何年も使われた気配がない。
腰を下ろし途中で買った弁当を広げ夕食にした。
ふと見ると棚の上に古いお菓子の缶がいくつもある。
下ろしてみると懐かしいものばかりだった。
三つほどテーブルに置いてスティックで叩いてみた。
高低がうまく揃い、すこぶるいい感じだ。
すぐに夢中になった。

「お〜い、ぼちぼち風呂に行かないか?」
「うん。今いい感じなんで後から追いかけて行くよ」
3人は出て行った。
ますます熱中して叩いていると、裏の竹薮の方から音がした。
「ぽん」
…鼓?
しばらく耳をすましたが何の音もしない。
気のせいかと缶を叩くとまた鼓の音。
少し叩いて手を止めると合わせるように鼓の音。
しばらくくり返したがその度に鼓の音。
「ぽぽぽぽぽん」

ここで気付いた。
段々、音が近づいてきている!
途端に恐ろしくなりスティックを放り投げた。
息を殺していると、入口でひときわ大きく「ぽん」と鳴った。
鳥肌が立った。
「鍵をかけなければ!」と立ち上がろうとした瞬間、戸がガタガタと動いた。
手足が冷たくなり、目の前が真っ暗になった。

気が付くと布団に寝ていた。
風呂から戻った3人が倒れているのを運んでくれたのだ。
鼓の話をする気にもなれず、翌日一番近い駅まで送ってもらい一人先に帰った。
しばらくはドラムの前にも座らなかったので、夏のライブは散々だった。

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矢野君の話を聞いた二カ月後、その竹薮と家が見たくなりT村を訪ねた。
山々の紅葉も美しく観光シーズンだというのに閑散としている。
公民館に車を停め、小一時間歩き回ったが村人の姿もない。
そうこうするうち五体の石仏を見つけた。
鬱蒼(うっそう)と生い茂った竹薮の中に一軒の古民家があった。
「これか」と思い近づこうとしたとき、後から声がした。

「そこんし、そっちはいかんね(そこのあなた、そっちに行ってはいけない)。そかおおじいとこ(そこは怖い場所)じゃら」
振り返ると腰の曲がった小柄なおばあさんがじっと見ている。
「おおじい?」
「古(いにしえ)より人のようのうなっちょります(いなくなってます)」
この言葉を聞いた瞬間、全身から冷や汗が出た。
おばあさんに礼を言い、踵(きびす)を返した。
わざわざ訪ねて来たのに…という未練もあり、振り返るとおばあさんは消えていた。
竹薮の家に近寄る気もすっぱりと消え、T村を後にした。




チョコ太郎より
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