新・祖母が語った不思議な話:その拾伍(15)「背守り(せまもり)」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 新緑も美しい山道を一人の男がやって来た。
 井笠磨太呂と名乗る似非祓い師である。
 臆病なくせに祓い師を騙るため何度も恐ろしい目に遭っているが、強運と楽天的な性格でなんとか乗り越えてきた。

 「さて、次の村ではどの手でいこう?」
 頭を捻りながら歩いていると、村の入口に男が立っている。
 「そのお姿! 高名な陰陽師の井笠磨太呂様でございますね。私はこの村の庄屋を務める善衛門と申します。お願いしたきことがあり、お待ちしておりました」

 訳も分からないまま連れて行かれた庄屋の家には村人が集まっていた。
 座敷に上がるとそこには赤子が寝かされていた。
 青い顔で、泣く元気もないくらい弱っている。

 「やっと生まれた一人息子が危ないんです。数日前、見知らぬ婆が上がり込みこの子を覗き込んでニタニタ笑っておったんです。気が付いた子守り娘が悲鳴をあげると『七日のちに魂をいただくわいな』との言葉を残して消えました。この村には三百年ほど前から同じような言い伝えがあり、何人も赤子の命が獲られてきました。なんとかしなければと村の神官に相談したら、『間もなく井笠磨太呂という陰陽師が村を訪れるので、その者に頼るべし』との神託がおりました。明日が七日目…どうかこの子を守ってやってください」

 「儂? …う〜ん…守ると言っても相手がどんな魔か分からぬとなぁ…」
 「はい。正体は分からぬのですが、『背守り』という魔除け法は伝わっております」
 「なんじゃ! それならすぐにそれをやれば良いではないか」
 「それが…赤子の着物の背に糸を縫い付けるらしいのですが…どう縫えば良いかが分からないのでございます。大陰陽師の井笠磨太呂様ならきっとご存知だと待っておりました。さあ、この針と糸で! さあ! さあ!」

 困った…大いに困った…村人達に見つめられながら井笠はどうすれば良いか分からず目をつむって固まっていた。

 「黙想なさっておられる。さすが井笠様じゃ!」
 「いよいよお始めなさるぞ」
 「おい、静かにせんかい!」
 ざわざわした声が消えた。

 いつまでもじっと座っているわけにもいかず、赤子の産着を脱がす。
 針に糸を通そうとするがぶるぶる震えて通らない。
 見かねた村娘が通してくれた。
 衆人環視の中、仕方なく産着に針を刺す。
 が、緊張しているため運針はガタガタ。
 最後はカギのように大きくひん曲がってしまった。

 「こ、これで大丈夫(…なはず)。儂は急いで隣り村に行かねばならんのでごめん!」
 肌着を善衛門に投げるように渡すと、雲をかすみと逃げ去った。

 それから二月が経った頃、旅の帰りに井笠はこっそり例の村を抜けようとしていたところを村人たちに見つかり、庄屋の家に連れて行かれた。
 どんなにか責められるだろうとビクビクしていると、善衛門がすっかり元気になった赤子を抱いて出てきた。
 「いや、さすが大陰陽師の井笠様! 息子はこれこの通りです。あの魔除けのおかげです」
 「いやいや、その子の生きようとする力が魔を祓ったのでは?」
 「いえいえ。あの後、噂を聞いた高僧が訪ねて来られたのですが、井笠様の施された背守りを見て『これほど見事な封印は見た事がない。複雑な運針で魔を惑わし魂が抜かれんようカギで止めておる。さぞや名高い術師のなさったものじゃろう』と感心なさっておられました」
 井笠はそのまま庄屋の開いた宴の主賓となりたらふくご馳走になった。

 翌日、村人全員に見送られ山ほどのお礼をもらって村を出た。
「いやぁ、どうなることかと思ったが、あれで良かったのだな。万事めでたしめでたし」
 ほくほくしながら山を越え、無事家に着いた。
 門を潜ろうとしたその時、後から女の声がした。

 「井笠磨太呂、覚えたぞ」

 振り向いたが誰もいなかった。

チョコ太郎より

 お読みいただき、ありがとうございます。「祖母が語った不思議な話」シーズン3、スタートいたしました。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけると連載のモチベーションアップになりますので、ぜひぜひ下記フォームにお寄せください。一言でも大丈夫で〜す!

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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