新・祖母が語った不思議な話:その拾陸(16)「黄金虫」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応え第3シリーズをお送りします!

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 「あっ! こがねむし!」

 小学校に上がった六月の日曜日、新しくできた友達たちと里山に出かけた。
 目的は虫取り。
 お目当てのカブトムシやクワガタにはちと早く、いるのは蝶やテントウムシバカリだったのでコガネムシでも当たりのように感じ虫かごに入れた。

 家に帰ってからコガネムシの脚に糸を結んでいると祖母がやって来た。
 「おや黄金虫。何をやっているの?」
 「うん。うしろあしに糸をつないでおけばかごから出してもにげないかと思って」
 「あらあら…そうだ、黄金虫のお話があるけど聞くかい?」
 「うん!」
 
 それではと腰を下ろし、祖母は語り始めた。

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 昔々、今から三百年くらい昔の大分県の話。
 荷運びで暮らしている権八という男がいた。
 何日も大雨が続く六月、どうしても今日中に隣村まで運ばなければならない仕事を請負い、牛に引かせた大八車に山ほど荷を積んで家を出た。
 幸い雨は小降り。
 一番近い道を選び歩いていたが、しばらく行くとぴたりと牛の脚が止まった。
 押しても引いても動かない。

 「困ったな。今日中に届けんといかんのじゃが…」
 権八が試しに大八車を押してみたがこちらもびくともしない。
 「けったいなこともあったもんじゃ」
 
 仕方がないので煙管を吹かして待つこと半刻(一時間)。
 荷車から何か小さなものが飛び立ち、権八の腕にとまった。
 黄金虫? 今まで荷にとまっていたのか…
 指でつまもうとすると飛び去ってしまった。
 権八がぼうっと行方を見送っていると「がらがらがら」。
 牛が動き出した。
 大八車もさっきまでとは違いするすると動く。

 不思議に思いながら進んで行くと、河の手前に人だかりができている。
 「この先は行かれんで。橋の落ちとるんじゃ」
 見ると轟々と音を立てる河にいつも通る橋はなくなっていた。
 「いつごろ落ちたんかい?」
 「ついさっきさ。丁度渡りよった符の悪いもんが何人も流されたんじゃ」
 「あそこで荷車が動かんで命拾いしたわい」権八は胸を撫で下ろし、迂回して山をぐるっと回り無事隣町に届けることができた。
 日も暮れ、雨脚も強まったので「泊まっていきなさい」という先方の言葉に甘えることにした。

 明け方、気配を感じて目が覚めた。
 ふと見ると小柄な女が枕元に座っている。
 「道行を邪魔してしまい申し訳ございませんでした。権八様のお命にかかわることでしたので止むなく」と頭を下げる。
 「はて? 儂(わし)はあんたは知らんが?」
 「昨年、命を助けられたものです」そう言うと女は消えた。
 起き上がって部屋を見渡したが誰もいない。
 廊下に出ようと戸を開けたとき、権八の横を黄金虫が飛び去っていった。

 起き上がって部屋を見渡したが誰もいない。
 廊下に出ようと戸を開けたとき、権八の横を黄金虫が飛び去っていった。

 「昨年…そういえば、水たまりに落ちてもがいていた黄金虫をすくって森に返してやったことがあったな」
 
 翌朝からりと晴れた空の下、権八は良い気分で牛と一緒に自分の村へ帰って行った。

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 「おばあちゃん、このこがねむし元の所に返してくる!」
 「それがいいね」祖母が笑う。
 「めでたしめでたし」いつのまにか横に来ていた母も笑った。

チョコ太郎より

 お読みいただき、ありがとうございます。「祖母が語った不思議な話」シーズン3、スタートいたしました。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけると連載のモチベーションアップになりますので、ぜひぜひ下記フォームにお寄せください。一言でも大丈夫で〜す!

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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