漫画やTVアニメで、ピアニストを目指し切磋琢磨する若者たちの姿を描き大ヒットとなった「ピアノの森」。雨宮修平の演奏を担当された髙木竜馬さんがこの9月にいよいよ福岡公演決定、リアリティ溢れるお話しをうかがいました。

原作の魅力とは
「ピアノの森」はもちろん僕も読んでいました。音楽やスポーツなど、このような専門的に特化したジャンルを扱う作品は、我々のような当事者からすると、少し現実離れしていることがしばしばあるのですが、この作品は違いました。
もちろん現実的すぎると物語としては面白くならないので、そのバランスをとるのが難しいと思うのですが、作者の一色まこと先生はクラシック音楽を大変ご存じでいらっしゃり、深く研究されているので、ショパンコンクールの審査の場面なんか、実際にご自身が審査員席にいらっしゃったのではないかと思うくらいリアリティがありました。我々ピアニストから見ても頷けるし、「これはやりすぎでしょ」みたいな過度な脚色がないのです。僕はまずここに感銘を受け、作品の世界に没頭できました。
そして何と言ってもキャラクターが魅力的です。主に”一ノ瀬海”と”雨宮修平”という二人が本当に対照的です。海(カイ)は誰もが憧れる存在で、天才的にピアノが上手く、しかも好青年。夢みたいなことを成し遂げてしまう所謂ヒーロー、物語の”ファンタジー”です。それに対して、雨宮修平は”現実”。嫉妬や憧れの念をストレートに出してくる。きっと誰もが心の中に持っていて隠している感情なのですが、彼は実に正直です。 この二人が様々な経験を積みながら変わっていき、大きく成長します。物語自体が素晴らしかったし、キャラクターが魅力的であったことが僕には刺さりましたね。

雨宮修平を丸裸にしてみた
普通ピアノを弾くときはアナリーゼ(※)という作業をやりながら楽曲を紐解いて自分のものにしていくのですが、「ピアノの森」では雨宮修平に対してそれに近いことをやりました。彼という人物を丸裸にすると言うか…雨宮の性格やその時の心境を知らずして彼の音は出せないと思ったので、とことん情報はくみ取りました。幸い漫画の演奏シーンにはキャラクターが考えていることが文字で表されているので、自分に落とし込むことができました。 (※:楽曲の構成要素や作曲家の意図などを調べて作品の理解を深めること)
もちろん僕自身、髙木竜馬としての解釈は違うなと感じる部分はありましたが、そこは雨宮に徹したと言うか…作品「ピアノの森」の完成度をあげるために貢献したいという思いが強くあったので没入して録音に臨みました。
今回のコンサート・ツアーは漫画で興味を抱いたことがきっかけで初めてクラシックコンサートにいらっしゃる方も少なくないと思うので真剣勝負です。せっかく足を運んでくださったのにつまらなかったと感じられたら、もう二度とクラシックを聴いてもらえないかもしれない。僕自身が「ピアノの森」をとても愛しているので責任重大です。そして、コンサートの冒頭でもお話しするつもりですが、このコンサートは「ピアノの森」の世界をみなさんにお届けするものなので、雨宮修平や一ノ瀬海の世界観を受け取ってもらえると楽しんでいただけるのではないかと思います。

ショパンの魅力とは
とても難しい質問ですね。他の作曲家だったらもう少し楽に答えられるかもしれないのですが。(苦笑) ショパンについては相当考えてしまいます。少なくとも、二面性のある作曲家であることでしょうか。
一つはピアノの詩人と呼ばれるように非常にメロディアスで美しい、歌うようなピアノ、これが一般に抱かれているショパン像かと思います。もちろん僕もそこに魅かれています。けれども反対の部分、力強さとでも言うのかな。本当は祖国ポーランドを守るために戦士としてロシアと戦いたかったのに、病弱であったのでそれが叶わない。代わりに彼は深い哀しみを音楽で表現しています。ショパンが到達した哀しみはメロディアスな部分だけでは測り知れない力強さを感じます。僕自身はこの力強さこそがショパンの魅力として捉えていますね。

迷いもなくピアノの道を歩めたのは両親のおかげ
僕自身ピアノは2歳から始めました。母親がピアノ教師だったので常にピアノの音を聴きながら育ちました。父親も趣味でバイオリンを弾いていたので、自宅にはクラシックのCDが何百枚とありました。今、ピアニストとしてこうして生きていけるのは、まぎれもなく両親のおかげだと感謝しています。ある意味、雨宮修平の家庭に近いかも?(笑)
音楽の道に進むことは迷いもなく、当時師事していたエレーナ・アシュケナージ先生の奨めもあって小学校高学年から中学校まで毎年のようにモスクワやキエフのコンクールやウィーンのマスタークラスを受けに行っていました。おかげでヨーロッパはとても近い存在になり、やはりクラシック音楽の本場なので留学することは当然のように考えていましたね。

ヨーロッパ留学で得られた大親友
高校卒業してからウィーン国立音楽大学へ進みました。ここではミヒャエル・クリスト先生に、また途中イタリア・イモラ国際ピアノアカデミーでベトルシャンスキー先生にも師事し、緻密に楽譜を読み込むことから、オリンポスの神々のような壮大な表現することを学びました。このお二人に習うことができたのは僕の音楽留学人生そのものです。
そして石井琢磨さん(ピアニスト)、杉本 優さん(指揮者)という大親友に恵まれたことは幸運だったかな。彼らとは切磋琢磨しながら(共に泥水をすすり?笑)、泣いて笑ってまさにその瞬間瞬間を懸命に生きていたように思います。留学して良かったなと思うことは沢山ありますが、大きく占めるのは彼らと出会えたことかも…
その後E.グリーグ国際ピアノコンクールで優勝することができて、ここでも面白いエビソードは尽きませんが、それはまた別の機会に。人間って勝つとすべて覚えているのですが、負けたらすべて忘れるんですね。 おかげでグリーグとノルウェーが大好きになりました。(笑)

九州・福岡大好き人間です!
福岡というと何だかラテンのイメージでして、僕は大好きなのです。初めて訪れたのはプライベートで二泊三日の旅でした。この時は屋台を満喫しましたよ。特に西鉄福岡駅前にある屋台”レミさんち”は日本語ペラペラのフランス人が仕切っていて、面白すぎます。ここで大盛り上がりしてすっかり酔つぶれ、連れから後でこっぴどく叱られたくらいです。あっ!僕はお酒も大好きなので…特に焼酎とワイン!
この時は太宰府にも行きました。ここでは仙人のような人から声かけられて石坂にある石穴稲荷神社へ案内してくれました。まるで”もののけ姫”の舞台のようで誰もいない、この世のものとは思えない神秘的な処でしたね。素晴らしい場所を教えていただきました。まさに旅はご縁だなと。
そして昨年、アクロス福岡で大阪フィルと沼尻マエストロの指揮でグリーグのピアノ協奏曲を弾かせていただきました。前日入りでしたから”元祖長浜屋”で軽く…(笑)そして翌日は”かんてき”の焼肉! もう最高でしたね。ありがたいことにこの店は僕のサイン色紙も飾ってくださって恐縮しています。(汗)
こんなに福岡が大好き人間なので、この9月に「ピアノの森」コンサートを出来るのが嬉しくて仕方ないのです。たかだか2回訪れただけですが、それでも人生を謳歌する空気、みなさんが楽しまれている印象を強く受けました。それって人間として最も大事なことではないかと思うのです。地域に誇りを持っておられる、言わば郷土愛。それらが積み重なって街をさらに素敵な処にしているのでしょうね。楽しみです!
(聞き手: 樋口洋子)

Artist Message
「ピアノの森コンサートは今年5周年を迎えます。その記念すべき年に念願叶い初めて福岡で開催できることを本当に嬉しく思っています。今回も素晴らしい物語にのせて、どなたでも楽しんでいただけるプログラムを組みました。ただ、今年は自分にとって”挑戦の年”という意味もあり、エチュードを沢山取り上げています。それは作曲家が必死に生きた証(あかし)でもある作品たちです。この物語と作曲家の魅力をお届けできるよう精一杯演奏させていただきます。ぜひ福岡FFGホールでお会いしましょう。」
髙木竜馬

●ピアノの森 ピアノコンサート2025 Summer 福岡公演●
●日 時 : 2025年9月7日(日) 12:20開場 13:00開演
●会 場 : FFGホール (福岡市中央区天神2-13-1 福岡銀行本店地下)
●チケット : 全席指定 一般4,500円(税込) 好評発売中
● お求めは :
イープラス https://eplus.jp/pianonomori/
エムアンドエム 092-751-8257 (平日10:00-18:00)
●主催・企画制作; イープラス ●共催: 西日本新聞社、西日本新聞イベントサービス