明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです!


小学二年生、6月の日曜日。その日は朝から一日雨だった。
外に行けないので探険気分で家の中をあちこち探索していた。
母の部屋にある立派な箪笥(たんす)の上部の引き出しの中に、桐の箱がしまわれているのを見つけた。
表には自分(著者)の名前が書いてある。
開けてみると綿に包まれた中に干からびた土筆のようなものが入っていた。
なんだろうと見ていると祖母がやって来た。

「それはへその緒よ」
「へそのお?」
「お母さんとあなたを繋いでいたもの」
「ふ〜ん! なぜタンスに入れているんだろ?」
「昔っから箪笥は呪物の一つで大事な物を守る結界とも考えられているからね。そうだ、箪笥のお話してあげようか?」
「うん! 聞く聞く!」と桐箱を戻した。
「まずは座ろう」と腰を下ろし、祖母は話し始めた。
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「困った困った…何かいい知恵はないかのう?」
祖母が七歳の6月。
どしゃ降りの雨の中をやって来た祖母の父の友人・杣人(木こり)の水丸さんは頭を抱えていた。
「いい知恵もなにもまずは話さんことには始まらんぞ。何があったんじゃ?」と父が聞く。
「儂の従姉妹が子どもを産んだんじゃが産後の肥立ちが悪くてな。寝込んどると聞いたんで見舞いに行ったのよ。やせ細った青い顔して寝とった。心なしか赤子も元気がない。『なんじゃ思うたより元気そうじゃな。すぐに良うなるわい』と励ましたものの命の火が消えかかっとるのが伝わってきた。そして帰り際に気になるモンを見てしもうた」

「そら何じゃ?」
「三棹の箪笥(さんさおのたんす)…知っとるか?」
「いや、初耳じゃ」
「儂の故郷の言い伝えでな、『三棹並びの箪笥は凶』って言われとるんじゃ。三棹の箪笥を横並び…絶対にあんな並べ方はせん。従姉妹は知っとるから気に病んどるはずじゃが…」

「それ言うたか?」
「もちろん。じゃがあの家の主人が『この明治の世の中に、そんな戯言を! 迷信じゃ』とけんもほろろ…」
「なるほど、それは困ったな」
「迷信かもしれんが、気になって気になって…何か手はないか?」
「う〜む…」
二人とも腕組みしたまま黙り込んでしまった。

ここまで話を聞き、あることを思いついた祖母は水丸さんにこっそり耳打ちした。
「おぉ! それじゃ! それでいこう」
ぽかんとした顔の父を残し、水丸さんは挨拶もそこそこに雨の中を帰って行った。

それからひと月経った朝、水丸さんが笑顔で訪ねて来た。
「お嬢ちゃん上手くいったぞ! これはお礼」とその頃まだ珍しかった洋装の可愛らしい帽子を被せてくれた。
「おい! そろそろ種明かしをしてくれ!」にこにこ顔の祖母と杣人に辛抱できなくなった父が言った。

「ははは。嬢ちゃんが良い知恵を授けてくれたのよ。『三つがわるいのなら、赤ちゃん用の小ちゃなたんすをおくって、四つにしたら?』ってな。目から鱗が落ちたよ。あの日の帰りに注文し、出来上がったらすぐに持って行った。主人は喜んですぐに他の箪笥の横に据えた。それから従姉妹みるみる元気に! 万々歳じゃ」
「なるほど! さすが儂の娘だな」
「ぬかせ! 何も思いつかんかったくせに」
「まあ…そういうこともある」
「あははは、なんじゃそりゃ!」
皆、大笑い。
「心晴れ晴れ、梅雨も開け♪」
水丸さんは見事に晴れた青空の下を鼻歌を歌いながら帰って行った。
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「へえ! おばあちゃんすごいね。で…その帽子はどうなったの?」
「よそ行きのときは必ずかぶるくらい気に入ってたんだけど…いつの間にかなくしちゃったのよ」
「ちゃんとタンスに入れてなきゃ!」
「あはは。これは一本まいりました」
祖母は深々と頭を下げた。



チョコ太郎より
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