新・祖母が語った不思議な話:その拾玖(19)「お豆さん」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです!

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 「あれ?どうしたんだろう?」

 小学一年生の七月、授業中に右目に違和感を覚えた。
 何かが目に入っているみたいな感じでずっとこすっていたが治らない。
 放課後、友人の誘いも断り一目散に家を目指した。

 「あらら…目いぼ(ものもらい)だね。たしか薬があったはず」
 祖母は見るなりそう言うと抗菌剤の入った目薬を探し出してくれた。
 原因が分かったのと薬があったので少し安心した。

 「今はくすりがあるけど、むかしはどうしてたのかな?」
 「私が子どもの頃はおまじないをよくやっていたね」
 「どうするの?」
 「小豆三粒で目をこすり、『目いぼを一緒に持って行け』って言いながら井戸に一粒ずつ投げ込むんだよ」
 「へえ! やってみたい!」

 祖母にもらった小豆でやってみた。

 「おまじない、おもしろいね」
 「そうだ、一つお話を思い出したよ。おまじないというか、御守りというか」
 そう言うと祖母は語り始めた。

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 昭和20年冬、戦争が終わって三カ月。
 町内に住む山田さんの旦那さんは未だ消息不明だった。
 南方への出兵だったので、皆は『三つにもならない花代(はなよ)ちゃんを抱えた奥さんには気の毒だが、たぶん駄目だろう』と思っていた。

 それからさらにひと月が過ぎた雪の日、なんと旦那さんが戻ってきた。
 ガリガリに痩せてはいるが、大きな怪我もない。

 「きっと戻られると信じていました」とうっすら涙を浮かべながら奥さんが言う。
 「うん。実はガ島(ガダルカナル島)で不思議なことがあったんだ。島では敗走につぐ敗走…そして食べ物がない。きれいな青空と緑に囲まれた地獄だった。仲間ともはぐれ、化膿した脚の傷からの高熱と飢えで死にかけていた。その時、『トウチャン』と花代の声がしたんだ。朦朧としながら見ると花代を抱いたお前がいた。『オアガリ』と花代が何かを差し出す。思わず受け取ると、それはお手玉だった。『これは?』と顔を上げると誰もいなかった」

 「そんなことが」
 「うん。もちろん手には何もない…そして思い出したんだ。出発する前の晩、花代が「トウチャン、ハイ」と大事にしていたお手玉を二つ手渡してくれたのを。「花代の大切なものだろう?」と返そうとするとイヤイヤをして頑として受け取らない。お前も『御守り』だと言うから持ってきていたんだった。何も残っていないと思っていた背嚢の底にお手玉はあった。取り出してみると隅の糸が綻んでいる。広げると中から炒った豆が出てきた。震える指で一粒つまんで口に入れた。体中に命が行き渡った。それから2週間、大切に大切に食べてなんとか生き延びることができたんだ」
 「あのお手玉には節分で使った残りを入れたんです。お豆さん…立派に御守りになりましたね」
 「まめ(元気で)で帰ることができたよ」

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 「はなよちゃんはお父さんが死にかけるのが分かったのかな?」
 「豆には不思議な力があると昔から信じられているし、幼児が危険を予知したっていう話もたくさんあるからね」
 「ふうん」

 次の朝、起きると目は治っていた。
 おまじないが効いたんだと思った。
 今でもそう思っている。

チョコ太郎より

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